【米山香織インタビュー①】実家JWPへの思いを激白!ベルトへの意欲、そしてYMZ興行、まさかのお見合い企画まで!?

<米山香織の実家・JWPへの思い、そしてベルトへの思い。18年プロレスを続けるということ>

 

――米山さんがデビューした団体である、現在最古の女子プロレス団体・JWPが解散します。今振り返ると、大きな思い出は何かありますか?

 

米山:私、こないだ36歳になったんですよ。プロレスに入ったのが18歳なので、人生の半分がプロレスでした。18年前、ちょうど3月の初めにJWPに入団して、デビューして生まれ育ったので、JWPは実家のような感じです。今は退団して「家出娘」みたいな立場ですけど、またリングに上がる機会ももらいました。JWPは実家で、コマンド・ボリショイさんはお母さんですね。思い出はたくさんあるんですが、デビューしたことと、JWP無差別級ベルトを取ったことと、引退しようと思って撤回したことと、退団したこと。これらが大きな思い出で。

 

――プロレスラーとしての米山香織がJWPで学んだことは、どんなことでしょう?

 

米山:今の私がフリーでやっていけるのは、JWPで培ったものがあるからです。JWP出身ということに、誇りと自信を持っています。

 

――JWPで育った米山さんがフリーや対抗戦で他団体の選手と会ったとき、育ちの違いでやり方の違いがあることってありますか?

 

米山:組み手が右だったり左だったり、受け身の取り方や基本の違いは感じました。だけどJWPで育ったから、いろんなことに対応きる気がします。JWPは基本左ですけど、右でも習いました。

 

――今の形のJWPが無くなることに対する、心境はいかがですか?

米山:寂しいですね。辞めた人間が何を言っているんだってのはともかく、寂しいし、実家がなくなるのは悲しいです。ボリショイさんが大変な思いをしてここまで守ってくれて、ここまで育ててくれてありがとうございます、という気持ちが強くて、なくなるとわかったらいてもたってもいられなくて……

 

――全女が解散したように、25周年を迎える、女子プロレス最古の現役団体がなくなるとなると、歴史の終わりを感じるとともに、団体が新しく生まれ変わる側面もありますね。

 

米山:元JWPの選手たちと一緒に新団体に入って……ってのはないんですけど、彼女たちはずっと気になる存在ではあるし、何かあった時には駆けつけたいですね。

 

⇒次ページ(プロレス人生、そしてまさかのお見合い企画!?)

 

山口 義徳(プロレスTODAY総監督)
『プロレスTODAY』総監督。
その素顔は運営会社 ㈱リアルクロス代表取締役社長。
初代タイガーマスクからプロレスに目覚め以降は猛烈にプロレスファンと化し早35年。
プロレスTODAYの企画・進行・管理を行い、会場ではカメラマンも兼務。
またプロレスとビジネスの融合を行い、会場でのクライアントとのタイアップも実施。
プロレスに対する愛情は不変(^ε^)♪

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