20年目に突入の松本浩代 OZ、仙女、シードリング、主戦場での闘い方

【WEEKEND女子プロレス♯75】

 フリーの女子レスラー松本浩代が、7月16日でデビュー19周年、キャリア20年目に突入した。新人時代からスケールの大きいプロレスで将来を嘱望され若手戦線のトップに立ち、近年では団体に所属しないフリーの大物としてさまざまなリングで活躍。現在もOZアカデミーセンダイガールズプロレスリング(仙女)、SEAdLINNNG(シードリング)などを主戦場とし、“レディ・ゴジラ” “破壊する女”など、ニックネーム通りの暴れっぷりを見せている。いまでこそ人気上昇で注目度も高い女子プロレスだが、松本は“冬の時代”に業界入り。もしも彼女がいなかったら、現在の女子プロはどうなっていたかわからない。そう言っても過言ではないだろう。

 とはいえ、当時の松本自身に冬の時代に入ってきたとの認識はまったくなかったのだという。むしろ女子プロレスのすごさに衝撃を受け、プロレスラーになろうと決意したのである。

「もともと格闘技を見るような家で育ったわけでもないので、プロレスについてはまったく知りませんでした。ただ、高校生のときに柔道に出逢い、スポーツジムのトレーナーをめざして専門学校に通っていたんですが、インターンの実習先が、吉田万里子さんの主宰する『息吹』の練習場だったんです」

 「息吹」とは、かつて全日本女子プロレスやアルシオンで闘っていた吉田が業界の低迷を憂い、将来を見据え若手の活性化をテーマにおこなっていた自主興行の名称だ。興行は05年6月にスタート、10年2月まで通算41大会を開催している。松本は第7回の1周年記念大会で小林華子(現・中森華子)を相手にデビュー。団体に入門したのではなく、吉田に見出され、息吹で産声をあげた選手になった。


「写真提供:センダイガールズプロレスリング(ペペ田中)」

「最初は女子レスラーのマッサージをしていました。そこで女子プロを知り、見るようになったんですね。その頃に見た中川ともかさんと栗原あゆみさんのエルボー合戦に涙が出るほど感動して、就職が決まっていたんですけど仕事は3カ月でやめ、吉田さんのもとでトレーニングを積みました」

 松本が衝撃を受けたのは、06年1・29新宿での第5回大会と思われる。その前にもNOAHの05年7・16東京ドームでプロレスを初観戦。このときは友人に連れられ足を運び、小橋建太vs佐々木健介の壮絶なチョップ合戦で「こんな世界もあるんだ」と感銘を受けた。そのときはまだ自分がプロレスに関わるとは夢にも思っていなかったのだが、息吹に触れて心が動いた。「柔道をやっていたので自分にもいけるんじゃないか」と、根拠なき自信もあった。

「練習してみて、わりと早い成長だったんじゃないかなと思います(笑)。吉田さんからは一度も怒られたことがなくて、『浩代はすごい』『浩代はすごい』と言ってもらえて。たぶん、そういう育て方が私には合っていて、吉田さんはそれをわかっていたんじゃないですかね」

 しかし、彼女の家族はプロレス入りに反対していた。それでも吉田は松本の潜在能力を見抜き、理解を求めようと両親に会いにいったという。

「結果、親としてはこの2年は大学に行っていたと思えばいいし、ここからの2年でプロレスラーとして確立させなさいと、2年の猶予をもらいました。プレッシャーもあったけど、最初の2年はそのぶんもあってすごく充実した時間を過ごせたんですね。そうなると余計にこのままじゃ終われないともなって、なんだかんだで親には19年間見守ってもらってます(笑)」

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