今年もらしさ爆発の新日本プロレス「旗揚げ記念日」 課題もあれば希望もある
54回目の旗揚げ記念日(3月6日)を迎えた新日本プロレスが、旗揚げの地である東京・大田区総合体育館で「旗揚げ記念日」大会を開催した。
思えば1972年の第一戦から波乱万丈。エースのアントニオ猪木がカール・ゴッチに敗北するという思わぬ結末だった。倍賞美津子夫人(当時)、夫人の姉で人気俳優・倍賞千恵子ら芸能人も多く観戦に訪れ、猪木の勝利が華やかな船出のフィナーレを飾ると期待されたのに…。「さすがの猪木も神様ゴッチにはかなわなかった。でも、それこそ猪木らしい」という声と「負けてスタートなんて…」と悲観する意見が渦巻いたという。

振り返ると新日本の旗揚げ戦は、その後の54年を予告していた。主力選手が何度も離脱していく。
猪木をもしのぐほどの人気を誇った初代タイガーマスク(佐山聡)、次世代のエース候補だった前田日明、高田延彦、山崎一夫、船木誠勝、鈴木みのるらはUWF伝説を築き上げた。「革命戦士」長州力も谷津嘉章らジャパンプロレス勢と一時期、全日本プロレスに闘いの場を移していている。ジョージと俊二の高野兄弟らはSWSでパライスラを結成している。

猪木・新日本と馬場・全日本が外国人選手の引き抜きなど、激しい興行戦争を展開していた時代はもちろん、猪木が引退し、馬場も亡くなった2000年代にも主力選手の流失は続いた。
新日本、全日本だけでなく多くの団体がひしめき合う多団体時代、闘魂三銃士の橋本真也はZERO―ONEを設立し、武藤敬司は全日本に移籍。その後、社長にも就任している。
猪木が一線を画し、オーナー企業の傘下となった新日本でも、中邑真輔が米WWEに、オカダ・カズチカが米AEWに流失している。
昨年は内藤哲也が、今年はEVIL、高橋ヒロムらが退団。今年になって内藤はノアに参戦している。エースクラスが他団体に戦いの場を求めていった。

「10年ごとに何かが起こる」とささやかれた新日本は、それよりも短いスパンで何度も何度も危機に襲われてきた。激震というほどに揺れた危機もあった。まさに一寸先はハプニング。ただし「ピンチはチャンス」。まさに猪木の生き様のごとく、その度に新たなスターが誕生している。
トップのイスを奪い取るのは、なかなか大変だが、その座がぽっかり空いてくれるのだから、頑張るしかない。新日本はその繰り返しである。
何事も時の流れは残酷だが、新たな夢も生んでくれる。54年前には大きな三角屋根の独特な外観を誇った大田区総合体育館。「味がある」と好評だったが、2008年に老朽化によって取り壊され、2012年に新装されている。新時代の景観は好評だ。

©新日本プロレス
いつ何時でも何かが起こる新日本。今年の「旗揚げ記念日」も無事には済まなかった。「旗揚げ記念スペシャル10人タッグマッチ」に、旗揚げ戦にも出場した設立メンバーで、後に退団した藤波辰爾が息子LEONAと登場し、H.O.Tにほんろうされてしまった。
それでもチームを組んだ「金の卵」ウルフアロンが、伝説の「ドラゴンリングイン」を藤波の目の前で披露した。新日本の伝統がまたひとつバトンタッチされたといえる。

「NEW JAPAN CUP」1回戦でジェイク・リーが謎の道化師ムーブで場内の空気を凍らせれば、IWGPジュニアヘビー級王座を防衛したDOUKIを襲撃したYOHが、EVILを思わせる黒い動きから「オレとテメーのタイトル戦。それがお前の『粛清』記念日なんだよ」とアピール。4・2東京・後楽園ホール大会でタイトル挑戦となった。
旗揚げ当時を知らない選手でも、旗揚げ記念日は胸に期するのがあるだろう。強くなってやる、のし上がってやる、トップを取ってやる。様々なリングへの熱い想いが沸き上がっているハズ。それがまさに闘魂だ。

「闘魂」は日本プロレスの父力道山が色紙に書いていたフレーズ。猪木が受け継ぐことを田中敬子・力道山夫人に願い出て承諾されたもの。日本プロレス界に綿々と引き継がれてきた。
時は流れ、次代は変わり、爆発させる手段は変わろうとも闘魂そのものは不変。弱肉強食の四角いジャングルはまさに戦国時代。H.O.Tの乱入、ウルフの育成法など課題もあるが、ヤングライオンの順調な成長など希望もある。新日本の闘いに終わりはない。(敬称略)
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