【新日本】大張高己社長インタビュー<第1弾>AEWとの禁断の扉、全選手が完走した『G1』、感謝のシンニチイズム、涙の9月声出し大会の裏側を明かす!

③シンニチイズム東京以降の名古屋、福岡、大阪、広島を終えてみて


©新日本プロレス

――そしてそ50周年イヤーとして、シンニチイズムの東京以降の開催ですね。名古屋、福岡、大阪、広島、全国各地が待ち望んでいたシンニチイズムでした。これをやってみて、感想はいかがでしょうか?

「本当に最初、東京だけの予定だったんです。東京で最低1万人規模と思ってやって、1万人は行きました。ただ、ビッグマッチ1個分のコストは掛かるので、複数打つつもりはなかったんです。そうしたら、真壁さん、棚橋さんから別件で呼ばれて行ったら、いきなり他のエリアでもやってくれという話になって、さすがに時期的にも財政的にも厳しい時期なので、と思っていたら、2年目の若手社員が、クラウドファンディングやりましょうよ、って言ってくれたんです。いや、ちょっと待てと。新日本プロレスが苦しいからといってお客様から資金を集めることをやるの?と。でもみんなからやってくれ、って言ってほしかったんですけどね。」

――自分からは言いにくいと。リーディングカンパニーとしての威信もありますしね。

「私自身、2年半前に幹部会で提案しているんです。それは会社の方針をはっきりさせたかったからで、そのときはコロナ禍に入って厳しいわけじゃないですか。ブランドを傷つけるからやめようって結論になったんです。そのとき私は社長ではなかったんですけど、社長になって、いろんな外部の状況を見てて、サッカーでもやってますよね。別に私たちが食っていくお金を集めるわけじゃなくて、シンニチイズムという、まさに文字通り新日本プロレスの魂を皆さんに世代を越えてご覧いただくというものを各地でやるためで、決して儲けのためではないので、皆さんの意見を問う意味でもやってみようかと。そうしたら目標を超えて、1,000万円の目標を超える金額が集まりました。でも始まったときには散々言われましたよ。ツイート、僕全部見ていますんで。このクラウドファンディングは失敗する、とかね。」

――厳しい意見も多かったんですね。

「そういったネガティブな意見が多くて、だけどクラウドファンディングを助けてくれるREADYFORさんからは、最後に伸びますよ、と言われて、本当に最後ガッと伸びて、それで複数の土地で開催することができました。今はかたちを変えてミュージックフェスを準備していますが、いろんな意味で新日本プロレスに、私は自分がそうであったように、いつも3世代と言っているんですけど、触れていただいて、最近プロレスファンになった人には、多分猪木さんが新しいと思うんですね。で、猪木さん世代の人たちには今のプロレスが新しいと思うし、映像を見て、語り合って、プロレスからたくさんの人がいろんなものを得る機会を持ってほしいなと。そしてシンニチイズム、はっきり言って収支は数万円のプラスです(笑)」

――でもギリギリのプラスになったというのはすごいじゃないですか。

「グッズ販売分も含めて、全部合わせてギリギリの事業です。」

――でもこれ、ファンからはものすごく、わが町でやってくれてよかった、という声がSNS上でもたくさん見受けられました。私自身も、もちろん東京でも拝見したとき、自分のふるさとの大阪の人にも見てもらいたいなとすごく思ったんですね。それを大阪の友人が見に行ってすごくよかったよと話していました。

「そう言ってもらえるとうれしいです。」


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――日本全国各地にいらっしゃる新日本プロレスファンの皆様が、ああいう空間を待ち望んでいたことだと思うんですよね。今回は50周年という特別な年だったからという部分もあったと思うんですけど、またどこかのタイミングでこういう企画を、採算がまた大変かもわからないんですけど、ぜひファンの皆さんも含めて期待している部分だと思います。こういう地方での開催、いろんなかたちでやっていただいて本当によかったなと思います。

「クラウドファンディングでいただいた分でちょうど赤字を穴埋めしたという感じでした。」

――皆さんの助けがあって成功できたと言うことですね。

 

④9月5,6日の後楽園大会で“声出し解禁”で改めて感じた事


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――そして久しぶりの9月5日と6日の後楽園大会で声出し解禁大会というものがありました。改めて大張社長が声出し大会で感じたことをお伺いしたいと思います。

「まずなんでやったかというと、言ってみれば、見方によっては中途半端なんですよね。だって声出し大会2戦やったあとは声出しNGじゃないですか。だから短期的に見れば、声出し大会って半分しか入れられなくて、売上面で言うと痛手なんです。さらに声出し大会だけ行こうとなったら、これも逆効果じゃないですか。だからやってこなかった部分はありましたが、絶対やりたいなと思ったのは3つ理由があったんです。一つは、もちろんファンの皆さんに向けてなんですよね。歓声を失ってから、試合を見ているモヤモヤ感が、何のせいだろう?ってみんな探していて。私は4月にシカゴのWindy City Riotに行って、声だと確信したんです。」

――ご自身の中でその違和感は声だと分かったんですね。

「諸説ありましたけど、確実に声だなと。同じような試合を同じ2人が戦っているのに、日本では評判も含めて10ぐらいなのが、アメリカはもう100ですよ。あ、声だ、って確信したんです。ファンの方々が声が出せない期間で、いろんなことを新日本プロレスにコメントされていました。選手にも、関係者にも、いろんなことを。けれども、このモヤモヤは何だろう?の答えは、皆様の体験を通じてお伝えしたくて。新日本プロレス面白いでしょ?というのをどうしてもお見せする必要があったと。面白かったでしょ?」

――最高に盛り上がったし面白かったですね!選手がうれしそうというか、それに対してテンションが上がっている感がファンに伝わるというのがすごくよかったなと思うんですよね。

「それをAbemaとワールドで無料配信して、新日本プロレスから遠ざかってきた人も、見に行こうかどうか迷っている人も含めて、いろんな人が、新日本プロレス面白いな、と。会場に来た人はもちろん、売り切れだったので来れなかった人たちもそうだけど、新日本プロレスは面白いということを再認識してもらうというのが一番の大きな目的ですね。

 二つ目が、ニュースになったわけじゃないですか。2時間以上ずっとTwitterトレンド1位ですよ。これは機運を高めたいということです。声出し解禁への機運を高めたいということです。実際会場にはスポーツ庁の幹部の方もお呼びして見てもらいました。2日とも。もちろんそのあと地上波でも出てきたりするわけですけど、無料配信の先にいる人も多いわけで、世論形成にも、あと政府関係者の方々にも見てほしいなと。声を出さないままじゃライブ、スポーツ、エンタメは死んじゃうんだよと。それらは本来、大人も子供も明日を生き抜くための活力ですよ。私はアメリカでそれを完全に感じたんです。でも言葉で説明しても分からないじゃないですか。声があるのとないのと、これらのギャップを見てもらいたいなと。それが二つ目です。

 三つ目は、選手、そしてこれから選手を目指そうという人に向けてですね。特にヤングライオン。ずっと申し訳ないなと思っていたんです。」

――確かにヤングライオンはデビューしてから、声援なしの大会でもずっとやってきましたからね。


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「声を一言も浴びたことがない、ファンの皆さんから名前を呼ばれたことがない選手がいる。あとは、これだけ無歓声でやっていると、中堅、ベテランの選手も感覚を忘れますよね。俺って何やっているんだろう?って悲しい思いもするじゃないですか。だから、その声で、みんなを勇気づけたいし、ヤングライオンはそれが経験になるし、そういう体験、経験をさせたかったという使命感が私にはありましたね。」

――声のあるなしでエネルギーの感じ方がだいぶ違うなというのは思いますよね。

「声を出すというのは、自分の言葉、声が選手の耳に届くわけじゃないですか。私がファンでいたときも、それがなかった観戦を想像できないというか、それをしに行っているのに、というのもある。」

――そうですね。でもテスト的にああいう大会をやっていただくと、そういう機運ももちろんそうですし、ファンがやっぱり、これだったよな、って思い出すきっかけになったと思うんですよね。あとは選手も、棚橋選手含め、ああいう感激の涙というか、そういうものって感慨深いものがあったと思うんですよ。


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「私は全試合終了して、退場ゲートでちょうど棚橋選手とそこで会ったんです。そうしたら棚橋選手が、そこまで我慢した涙が一気に流れ始めて『社長、ずるいですよ、ここまで我慢していたのに』って言いながら、2人でハグしたんです。男同士、抱き合って二人で泣きました。汗まみれで号泣している姿で、あれは何だったのかな?って、さっき準備してきた言葉で三つ挙げましたけど、何だったのかなと。やっぱり選手も辛かったのかなと。」

――棚橋選手は小さな子どもが手を出してきたときにも、本来であればタッチしてあげたい気持ちがコロナ対策でできないというところでの葛藤も非常にあったと思います。


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「そういえば、シカゴで石井(智宏)選手と鈴木(みのる)選手がシングルで戦っていて、スタンディングオベーションでみんな立ったまま、チャントもすごくて、Fight foreverとか、This is awesomeってずっと鳴り止まなかったんです。あれを見ているとき、もう涙が出て止まらなかったんです、感動ではないです。とにかく日本での足かせが悔しくて。だってあの2人の戦いが日本で、そんなに頻繁ではないけど、見れるじゃないですか。アメリカでは、ボンボン盛り上がっていて、本当のプロレスはこれなのにな、って肩震わせていたら、後ろからクラーク・コナーズが来て、肩抱いてくれたので、これが本物のプロレスだよな、悔しいよな、と言いました。やはり私は、泣いてばかりです。」


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「私、その試合映像を撮っていたんです。なんでかというと、日本に早くレポートしたかったんです。何日かあとに新日本の幹部会、そしてブシロードの取締役で、この映像を見せながら、アメリカのスポーツライブ、それからエンタメの状況ということで、声出しがこれだけコンテンツの価値を支配する、声がないことはコンテンツの価値を下げてしまうということと併せて、今後の声出し解禁のステップ論を説明しました。それを受けて木谷オーナーもブシロードとして取り組もうと言ってくれました。」

「それでなおかつ我々も関係省庁にどういうやり方だったらいいのか。声を1人でも出すんだったら全体50%だったんですが、声を出すエリアは50%で仕方ない。声を出さないエリアは100%入れていいじゃない?というのを提案したんです。濃厚接触者の定義って、距離×時間じゃないですか。今の50%というのは、距離の変数を触る解き方です。で、時間という考え方は今ないんです。だから、この試合はOKというのもあってもいいんじゃないかとか、そういう解禁の仕方を求めていくという話をして、そこから動いてきてやっと声出しエリアだけ50%、それ以外は100%が認められるようにルールが変わっていったんですよね。

 だから、本来の姿を忘れないでいてほしいというのは、お客さんに対しても選手に対してもそうなんだけど、我々も甘んじて、このプロレスをはじめとしたライブスポーツやエンタメの価値が潰されていくのを黙って見ていちゃダメなんだと思いますね。」

――行政への働きかけというのは新日本プロレス、ブシロード含めて、リーディングカンパニーとして旗振りしていただけるのは非常にありがたいですし、ファンの皆様も基本は元の姿を取り戻してほしいなというのは心から願っていると思います。そして男泣きする大張社長は熱いですね。

「プロレスは特に感情を揺さぶりますよね。」


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――感極まっちゃうというか、自分の想像を超える激闘を見たり、あと選手が感動してつられ涙というのもあると思うんですけど、そういう部分というのは今失っているものを取り戻していく感情がより涙に流れるという部分は、やっぱりみんなあるんでしょうね。

「しかも私はシカゴで悔し泣きをしたけど、その結果、後楽園で棚橋選手の嬉し泣きにつられた涙で終わったので、いい完結の仕方ですね」

――ある意味いいリベンジができましたね。

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◆写真提供:新日本プロレス

<インタビュー:プロレスTODAY総監督 山口義徳>


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