【レジェンド外国人レスラー伝】トップレスラーを次々に沈めた恐怖のラリアット“不沈艦”スタン・ハンセン
ブルロープを振り回しカウボーイハットを被ってリングに現れるスタン・ハンセン。その姿はまさに恐怖そのものだった。スタン・ハンセン、”不沈艦”の異名を持つ男。
その名を聞けば、プロレスファンの心に一抹の恐れと尊敬が入り混じった感情が芽生えるだろう。
スタン・ハンセンのキャリアは、米国でスタートしたものの主戦場は日本であった。
1970年代末から1980年代にかけて、新日本プロレスと全日本プロレスのリングを震撼させた恐怖のウエスタン・ラリアット。
その威力は一度浴びればリング上の誰もが沈むという、まさに「不沈艦」の名に相応しい圧倒的な強さを誇っていた。
そして、ハンセンは数々のタイトルを手中に収めた。
日本では新日本プロレスでアントニオ猪木から奪取したNWF世界ヘビー級王座を始め、全日本プロレスのPWFヘビー級王座、インターナショナル・ヘビー級王座、UNヘビー級王座の三冠を巡る戦いに参戦し、後の三冠ヘビー級王座を始め数多くのタイトルを獲得し、その強さを証明。
また、当時の米国での3大メジャータイトルであったAWA世界ヘビー級王座も手に入れ、国際的な舞台での地位を確立した。
これらのタイトル獲得はハンセンの人気と強さを象徴するものであり、プロレス界におけるハンセンの名声を不動のものとした。
日本人トップレスラーたちとの闘いも、スタン・ハンセンの伝説を語る上で欠かせない要素である。
アントニオ猪木、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、三沢光晴を始めとする四天王といった名だたるレスラーたちとの壮絶なバトルは、プロレス史に残る名勝負となった。
1981年9月23日に行われた田園コロシアムで伝説となった“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントとの一戦では、互いに一歩も譲らぬ激闘を繰り広げ、観客を熱狂の渦に巻き込んだ。
盟友であった“超獣”ブルーザー・ブロディとのタッグ対決も日本ではたった1試合ではあるものの、後楽園に重低音ストンピングを巻き起こした。
テリー・ゴディやスティーブ・ウイリアムスの殺人魚雷コンビとの対戦でも、その荒々しいスタイルがぶつかり合い、ファンを魅了した。
さらに、“皇帝戦士”ビッグバン・ベイダーとの激突も印象的だった。東京ドームを二人の巨漢がリングを揺るがす激しい戦いは、プロレスファンの記憶に深く刻まれている。
スタン・ハンセンの試合は、常にドラマチックで予測不可能だった。ウエスタン・ラリアットが炸裂する瞬間、観客は息を呑み、歓声が一瞬の静寂に変わる。
その一瞬が、ハンセンの強さと恐ろしさを如実に物語っていた。
また、リング外でもそのカリスマ性を発揮していた。素朴で飾らない人柄は、多くのファンや同僚レスラーに愛された。
プロレス界において、ハンセンほどに人々の記憶に残り続ける外国人レスラーは少ないだろう。
現在もなお、スタン・ハンセンの名前はプロレスファンの間で語り継がれている。
伝説は決して色褪せることなく、後進たちの目標であり続ける。
不沈艦スタン・ハンセン、その名は永遠にプロレス界に輝き続けるだろう。
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