【レジェンド外国人レスラー伝】ミル・マスカラス「千の顔」を持つ仮面貴族、色褪せない伝説

【レジェンド外国人レスラー伝】

プロレスの歴史にその名を刻む男、ミル・マスカラス。その輝かしいキャリアと共に、マスクマンとしての神秘性、そして華麗な試合スタイルは今も語り継がれている。メキシコ出身のマスカラスは、「千の顔を持つ男」として知られ、まさにその名にふさわしい圧倒的な存在感で観客を魅了し続けた。

デビュー当時、マスカラスはそのマスクを試合ごとに変えることから「千の顔を持つ男」と呼ばれ始めた。そのリングネームはスペイン語で「千の仮面」という意味で、単なるキャッチコピーに過ぎなかったが、2023年には1200枚以上のマスクを所有していると言われる。さらに、頭頂部に描かれた5本のラインには、五大陸で活躍することを願う象徴としての意味が込められている。

日本マット界でのミル・マスカラスの登場は、まさにセンセーショナルだった。1971年2月、日本プロレスの『ダイナミック・ビッグ・シリーズ』に初参戦し、後楽園ホールで星野勘太郎をダイビングボディアタックで破るという衝撃的なデビューを飾った。その後もアントニオ猪木、ジャイアント馬場との対戦やタッグ戦など、数々の名勝負を繰り広げ、日本のファンに強烈な印象を残した。

特に全日本プロレスではジャンボ鶴田やザ・デストロイヤーとの対戦が注目された。1977年には田園コロシアムで鶴田のUNヘビー級王座に挑戦し、年間最高試合賞を受賞。この試合は、今なお伝説として語られるほどの名勝負であった。また、ドス・カラスとの兄弟タッグでの「編隊飛行」は、全日本プロレスの夏の風物詩とまで称された。

マスカラスの試合スタイルは、まさに観客を魅了する「空中戦」。その代表技であるダイビング・ボディ・アタックは、観客を湧かせる必殺技として知られる。さらに、オーバーマスクを試合前に観客に投げるパフォーマンスも大きな話題を呼んだ。日本のプロレス中継では、視聴者プレゼントとしてマスカラスのマスクが贈られ、ファンとの強い結びつきを感じさせた。

1986年以降、しばらく日本のリングからは遠ざかっていたものの、1990年代に入るとWARやみちのくプロレスなどで再びその雄姿を披露した。2009年には初代タイガーマスクとタッグを組んで、藤波辰爾&グラン浜田との対戦を実現。さらに、2019年にはジャイアント馬場の没後20年追善興行にも登場し、弟ドス・カラスと共に勝利を収めた。

そして、マスカラスの偉業はリング上だけにとどまらない。2021年、マスカラスは秋の叙勲で日本政府から旭日双光章を授与された。長年にわたる日本での功績が評価された瞬間である。授与式はコロナ禍の影響で延期されたものの、2022年にアレナ・メヒコで行われ、感謝の意が改めて示された。

今なお、ミル・マスカラスの存在感は色褪せることがない。プロレス界に与えた影響は計り知れず、「千の顔を持つ男」としての伝説は、これからもファンの心に残り続けるだろう。

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