丸くなった!?中島安里紗、レスラーからスタッフへの転身でSEAdLINNNGの未来を創る!
昨年8月に引退した中島安里紗がSEAdLINNNG(シードリング)のマネジャーとしてプロレス界に帰ってきた。ブランクを含み18年のプロレス人生を終えた中島の引退は、文字通りの“闘い”を体現してきたハードヒットなスタイルからも、女子プロレス界にとって大きな損失と言わざるを得ない。しかしながら、彼女は所属団体への残留を決断、プロレス界で働くことで中島安里紗の遺伝子、闘うプロレスの継承をスタッフの立場から後輩たちに託す道を選んだのである。昨年11月に始動したマネジャー業務について聞く前に、まずは引退試合の模様を振り返ってもらった。
「松本(浩代)からスリーカウントを取られて、ホントにこれで終わりなんだなあという思いでした。寂しいとか悔いとかもいっさいなかったです。ただ、試合が終わった瞬間はまだ実感が湧かなかったですね。その後の引退パーティーで『中島安里紗さんの入場です』とコールされて、私、もう選手じゃないんだと思いましたし、9月のカルッツ川崎大会に私服で客席から試合を見ているときに、もうレスラーじゃないんだなって。実感が出てきたのは引退してから1カ月くらい経ってからですかね」
「写真提供:SEAdLINNNG」
いまでこそスタッフとして忙しく働く中島だが、かつての引退時の経験から、プロレス界から完全に離れて営業や接客の仕事もしてみたいと思ったという。それでもやはり、プロレスへの思いは心のどこか残っていた。中島の心を業界にとどめたのは、最後の所属団体となったシードリングの現状だった。
「シードリングって人がいないんですよ(苦笑)。いままでもずっと選手とスタッフの両方をやってきていて、これで私がいなくなったらどうなっちゃうのって思ってはいました。新人もデビューしたばかりだし、試合に集中させたい思いがある。でも現実として人がいないから、スタッフ的な仕事もしないといけない。ほかの仕事も考えましたけど、やっぱりプロレスへの思いって強いんですよね。だったら団体に残って仕事をしようと。もちろん南月(たいよう)代表に相談しました。やめる前からなんとなく考えてはいたんですけど、話す暇もないほど忙しかったので、相談したのは引退してからです。10月には会場に行かなかったし日本にもいなかったんですけど、11月からマネジャーとしてやらせてもらうことになりました」
「写真提供:SEAdLINNNG」
基本的に、業務は現役時代からの継続である。もちろんレスラーではないから、試合以外の裏方の仕事になる。
「いままでは選手だったので、他人に媚びたくなかったんですね。それはスタッフの仕事をしているときも同様の気持ちでやっていました。ファンや取引先、お世話になっている方々、誰に対してでも媚びない姿勢でずっときていたんですよ。プロレスラー中島安里紗を貫いていたんですね。これからもシードリングの選手には、そういう姿勢であってほしいんです。他人に媚びてほしくない。そのぶん、そこは私がやっていきますから(笑)。選手の分も頭を下げます。そこが一番苦手ではあるんですけど、これからはそこを頑張ろうと思って(苦笑)」
昨年12・27後楽園は、彼女がスタッフ一本になってから初めてのビッグマッチだった。そこにはスーツ姿でリング下から試合を見守る中島の姿があった。現役時代の表情とは明らかに違う。そこは、彼女自身も気づいていたという。
「(他人との接し方が)変わりましたよ(笑)。やっぱり闘ってないので、自然と丸くなれたというか。会う人、会う人に『すごく顔が優しくなった』と言われて、自分でもそうだなって思います。でも意識したわけではなく、自然とそうなったんですよね」