愛してまーす! 王者・後藤洋央紀と棚橋弘至のIWGP世界ヘビー級戦はプロレス愛が爆発する

【柴田惣一のプロレス現在過去未来】

新日本プロレス「旗揚げ記念日」(3月6日、東京・大田区総合体育館)で、IWGP世界ヘビー級王者・後藤洋央紀棚橋弘至が挑戦する。

45歳の後藤に48歳の棚橋が挑む新日本の頂上決戦。若手世代の台頭が進む令和のマット界で、すっかり珍しくなった円熟のベテラン対決に注目が集まっている。

2人のレスラー人生を入門当初から見守って来た者としても感慨深い。後藤は先の2・11大阪決戦で前身のIWGPヘビー級王座から数えて9度目の挑戦にして待望の初戴冠。子どもたちと一緒になって、ベルトを誇らしげに掲げる後藤の勇姿は感動的で、会場全体が大爆発した。

昭和のマット界では「35歳から45歳がレスラーの全盛期」が定説だった。平成、令和と時代が進むにつれ死語になりつつあるが、後藤はまさにギリギリで栄冠をつかみ取ったといえるだろう。

「戦国時代の野武士」のごとき風貌で眼光鋭い後藤は、若手時代から期待を集めていた。ところが、棚橋、中邑真輔、オカダ・カズチカ、内藤哲也らの後塵を拝した。いつもあと一歩で天下を逃してきた。

まさに待望の栄冠だったが、原動力となったのは昨年亡くなった父、そして妻や子どもたちら家族への愛である。天国から見守ってくれている父、会場で自分を応援してくれた子どもたち…家族の力には何物もかなわない。

棚橋の「愛してまーす」というマイクアピールに、以前の後藤は「愛してます、なんて1人にしか言わないものだ」と反発していた。愛と言えば恋愛関係というのもわかる。

棚橋に後藤の言葉をぶつけると「僕の『愛してまーす』は会場だけでなく日本中の、世界中のファンに向けたもの。いや、違うな。人間だけでなく生き物すべて、この世のあらゆるモノにも感謝している。博愛です」とエクボを見せて胸を張っていた。

実際、棚橋の「愛してまーす」は最初、失笑されていた。愛情表現が苦手とされる日本男性がリングの真ん中で堂々と愛を叫ぶ姿は、驚きでありかなり衝撃的だった。

作家であり英文学者、英語教師でもあった夏目漱石は  I LOVE YOU を「君を愛す」と訳した生徒に対し「日本人はそれほど直接的な愛の表現はしない。『月が綺麗ですね』とでも訳しておけばいい」と指摘したという。

だが、継続は力なり。いつの間にか受け入れられ、会場には「愛してまーす」の大合唱が響き渡るようになっていた。

IWGP王者の棚橋はベルトを腰に巻いてリングサイドを一周していた。ファンが詰めかけ、何とも嬉しそうにハイタッチを交わす。私も放送席のアナウンサーと共に参加したものだ。

それどころか、オカダにいったん奪われたベルトを奪い返した2012年6・16大阪決戦では、リング上のセレモニーで勝利者トロフィーを渡しながら、ハグまでしている。いつもひと言、ふた言、言葉を交わしていたのだが、棚橋とアイコンタクトするや、どちらからともなく抱き合ってしまった。

「柴田さん、愛してまーす」とささやいてくれた。もちろん恋愛感情の愛ではない。レスラーと記者、闘う者とそれを伝える者、プロレスを愛する者ふたり…それこそ博愛。こみ上げる熱い感情を抑えきれなかった。

かつては愛を伝えるのは1人、と考えていた後藤も、今では家族愛そしてファンへの愛に目覚め、棚橋と同じような心境だろう。

「恋は下に心があるから下心、愛は真ん中に心がある」などともいう。

3・6大田大会では、愛の力を得た後藤と愛を叫ぶ棚橋が真っ向から激突する。そしてファン1人ひとりの心の中にも、プロレス愛がある。旗揚げ記念日の会場は愛があふれる激闘になるだろう。

出発点は違う後藤と棚橋2人の「愛」だが、リング上でプロレス愛という最高の愛に昇華するのは間違いない。(敬称略)

<写真提供:新日本プロレス>

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