反骨の象徴「トランキーロ、焦んなよ」と言い続けた男――内藤哲也という生き様

新日本プロレスの中心に立ち、いや、中心から外れた場所からも光を放ち続けた男――内藤哲也が、ついにリングを去る決断を下した。
公式発表によれば、5月4日福岡大会をもって新日本プロレスを離脱するという。契約満了を迎えた1月以降、フリーとして新日本のリングに上がり続けていたが、ついに別れの時を迎える。
「新日本プロレスのアイコン」は、棚橋弘至であり、オカダ・カズチカであった。しかし、「反逆の象徴」であり、「反骨の美学」を貫いたのは、ほかでもない内藤哲也であった。
リング上でも、マイクでも、取材席でも、プロレスという表現の場において、これほどまでに“自分の言葉”で闘い続けた存在は他にいない。
ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(L・I・J)の結成とともに、己の道を確立した。どれほど団体の流れに背を向けようとも、ファンは離れなかった。
むしろ、魅了され、ついていった。エルボーを打たずとも、心を打つ。技の切れ味ではなく、生き様で語るレスラー。2020年、東京ドームのメインで2冠王に就いた瞬間、その姿はまさに「時代の顔」であった。
その内藤が、団体を離れるという。
ショックが大きくないはずがない。だが、それ以上に、静かに、確かに理解できるものがある。
プロレスラーはリングに立つだけが闘いではない。契約交渉もまた、一つの勝負である。団体との複数回にわたる交渉の末、「更新をしない」という選択肢にたどり着いたのは、互いの誠意と覚悟の果ての合意であろう。
団体が発表の中で記した一文
「内藤選手が、自身の今後について真剣に考えぬいた末での選択」
ここにすべてが凝縮されている。
スターダスト・ジーニアスから始まり、くすぶり続けた若手時代。メキシコ遠征での覚醒。帰国後、団体内で浮きながらも「内藤ワールド」を貫き通した。そして、“トランキーロ、焦んなよ”の決めゼリフとともに、いつしかリング内外の中心人物になっていた。
内藤にとって、新日本プロレスとは人生そのものであったはず。だが、だからこそ、団体の看板を下ろす決断には計り知れない葛藤があったに違いない。いや、まだ今も葛藤の中にいるのかもしれない。
L・I・JのメンバーであるBUSHIも、団体と契約していたもののそれを打ち切り、内藤に追随するように退団を発表した。共に歩んだ盟友の動きがBUSHIの決断に大きな影響を与えた。リング上の派手なやり取りとは裏腹に、内藤とBUSHIの絆は深い。
だが、去る者がいれば、残る者がいる。海野翔太、辻陽太、成田蓮ら、次代を担うレスラーが牙を磨いている。そしてまた内藤が蒔いた“反骨”の精神は、団体のDNAとして受け継がれていくであろう。
リングに上がれば誰よりもゆっくりと、観客の「ナイトー!」コールに身を委ねていた。だが心の内は常に熱く、速く、燃えたぎっていた。
「スターダムのアイコン」として岩谷麻優が新たな道を歩み出したばかりである。女子も男子も、プロレス界はいま、転換点のただ中にある。
リングの上では、「またな」と言って笑って去っていくかもしれない。だが、観客も、関係者も、そして団体も、内藤哲也というプロレスラーの“続き”を望んでやまない。
最後の最後まで、トランキーロを貫いたまま――その背中が、新たな時代を照らす灯となることを信じてやまない。
内藤哲也のこれからに、最大級の敬意と感謝を込めて。
<写真提供:新日本プロレス>