【新日本】“超人”ハルク・ホーガンさんを追悼 G1大田区大会で10カウントゴング、タイガー服部氏「早すぎた…いい時間をありがとう」

新日本プロレスは7月26日、東京・大田区総合体育館にて“真夏の最強戦士決定戦”『G1 CLIMAX 35』第6戦を開催した。

『G1 CLIMAX 35』
日時:2025年7月26日 (土) 13:30開場15:00開始
会場:東京・大田区総合体育館
観衆:2,250人

第1試合開始前、リング上は厳かな空気に包まれた。現地時間7月24日、世界的なプロレスのスーパースター、ハルク・ホーガンさんが71歳で逝去したことを受け、追悼セレモニーが執り行われたのである。

リングには、新日本プロレスの棚橋弘至社長、そしてホーガンさんと深い親交のあったレフェリーのタイガー服部さんが、ホーガンさんの遺影を胸に上がった。

リングサイドには出場選手たちが集結し、満員の観客が見守る中、追悼の10カウントゴングが鳴らされた。80年代の新日本プロレスに“イチバーン!”旋風を巻き起こした超人へ、日本のファンとレスラーたちが最後の別れを告げた。

セレモニー後、タイガー服部さんは、ホーガンさんが世界的スターになる以前からの思い出を、静かに語り始めた。

「個人的には全然信じられないって感じですね。早すぎたってのが本音ですね。彼がプロレスラーになる前から、僕はフロリダ州のタンパに17年住んでいてたまたま家の近くにホーガンのお母さんが住んでいて。だから最初に会ったのは17歳とか。高校2年生かそれくらい」

その出会いは、ヒロ・マツダさんが主宰するジムであったという。生徒としてやってきた若き日のホーガンさんの姿を、服部さんは鮮明に記憶していた。

「しばらくして彼はジョージアに行ってデビューして、それから地元のタンパに帰って来て。そこにちょうど猪木さんが来て彼を凄く欲しがっていて、そのうちホーガンと一緒に日本に来るようになった。それから僕は新日本でレフェリーをやるようになって、(タンパに)行ったり帰ったりするような人生になって」

アントニオ猪木さんに見出され、共に日本の地を踏んだ日から、二人の交流は続いた。しかし、その後のホーガンさんの成功は、あまりにも偉大なものであった。

「いろんな思い出があるんだけど、(彼が)成功して偉すぎちゃってさ……(笑)。やっぱりスバ抜けている、普通のレスラーより。サイズも大きかったけど、なんだろうな、ちょっと違うなと思う。こんな大成功されているからこんな早く亡くなられたのは寂しいけど、プロレスラーとして凄く尊敬していますよ」

最後に、天国へと旅立った盟友へ、服部さんは万感の想いを込めてメッセージを送った。

「また上(天国)でやってるんじゃない?本当に素晴らしい人を亡くしたなと思うよ。またあのような選手が出てくればいいなと思う。いい時間をありがとうって言いたいです」

プロレスをエンターテインメントとして世界に広めた不世出のスーパースター、ハルク・ホーガンさん。その功績と魂は、日本のリングにも確かに受け継がれていく。

<写真提供:新日本プロレス>

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