スターダム儛島エマは自衛隊出身「自分が好きなことを一度でいいからやってみようと思って」
スターダムでは昨年11月から今年5月にかけて新人が次々とデビューを果たした。一足早くリングに上がった浜辺纏(欠場中)を筆頭に、儛島エマと古沢稀杏のデビューによって、プロテストを通過した同期6人がプロレスラーになったことになる。最後発となった儛島は、陸上自衛隊出身の22歳。しかも自衛官になったのはプロレスラーになるためだったというから意外である。そんな儛島はどんなキャリアからプロレスに入ってきたのか。まずはプロレスとの出逢いから聞いてみよう。
「小学5年生のときにテレビでDRAGON GATEを見たのが最初でした。お父さんが誘ってくれたんですよ。なぜだかはよくわからないです(笑)。私は三姉妹の2番目なんですけど、私が一番興味ありそうに見えたんじゃないですかね。最初はルールもなにもわからないので、荒々しいなとか痛そうだなという感想しかなかったです。でもそこからハマっていって、YAMATO選手、Eita選手、ドラゴン・キッド選手がとくに印象に残りました。そのうちほかの団体も見るようになって、会場にも行くようになりましたね。最初の女子プロがスターダムの大阪城ホール(2021年10・9)。葉月さんの復帰戦がすごく印象的でした」

「写真提供:STARDOM」
いちファンとしてプロレスを見てきた彼女。やがて高校生になると進路について考えるようになる。両親からは安定した仕事についてほしいと言われていた。が、3年生になり、いよいよ真剣に考えなければならない状況となった。そのとき、彼女が思い浮かべたこととは…。
「言われたままに就職して楽しいのかな? 後悔しないかな? そう考えたときに、だったら自分が好きなことを一度でいいからやってみようと思って」
そのときの一番好きなこと、それがプロレスだったというわけだ。
「見ていくうちにだんだんあこがれを抱くようになっていって、こういう技をやってみたいとか、できたらカッコいいよなとか思うようになっていったんですね」

見る側からやる側へと気持ちがシフトチェンジしていったのだろう。受験か、就職か。答えはすぐに出た。プロレスラーになりたい気持ちを両親にも伝えたのだ。ところが、案の定…。
「大反対されました。そこから何日も話し合いが続いたんです。すると、どうしても折れない私にお父さんが提案したんですよね。援助は一切しない。自衛隊出身のレスラーがいるから、自衛隊で身体を鍛え、働いて上京資金を貯めなさいって。自衛隊? ありえないって思いました。それはやりたくない。プロレスラーにはなりたいけど、それはイヤだなって。でも、しばらくしてよくよく考えてみると、そっちの方が現実的かとも思ったんです。というのも、それまで私は運動経験がなかったんです。スポーツといってもとくになにもなくて、部活もやっていませんでした。なので、身体を鍛えるためにはそうした方がいいのかなって」
そして、自衛隊に入隊した彼女。自衛隊での生活はどうだったのだろうか。
「きつかったです。想像以上というか、集団生活も初めてだったので。訓練はもちろん、整備だったり射撃の練習もしました。自衛隊ってこんなことまでするんだという仕事まで、なんでもやりましたね。ただしだいに、そんな生活がだんだん楽しくなっていったんです。このまま辞めずに昇進していくのもいいかなとも思い始めて。その頃にちょうど試験があって、受けようかどうか考えました。と同時に、スターダムのシンデレラオーディションの時期とちょうど重なっていたんです。プロレスも好きだし自衛隊も続けたいし、どうしようってすごく悩みました。悩んだ末に、ここで受けなかったら後々絶対に後悔すると思って、受けるだけ受けてみようとオーディションに行ったんです」

「写真提供:STARDOM」
そして彼女は、オーディションに合格。スターダムの練習生になることができた。もしも自衛隊での経験がなかったら合格はできなかっただろうと彼女は振り返る。前もって鍛えていたことは、確実にプラスになっていた。
とはいえ、プロレスラーになるためのトレーニングはそこからだ。自衛隊には2年間いたのだが、デビューにこぎ着けるまでに1年2カ月を要したのである。
「同期で一番だった纏が誰よりも先にデビューしたのは納得でしたけど、その後同期がデビューしていくと、悔しさもあり不安にもなりましたね。結局、私と稀杏が最後になりました」
地元デビューやリングネームを同じ構成にするなど、ほかの同期にもそれぞれのデビューの仕方があったが、儛島と古沢の初マットは同日、プロレスの聖地・後楽園ホールだった。
「人生で一番緊張した瞬間でしたね。生の歓声を受けたり、実戦の技を受けたり、見るのとやるのとは大違いでした」














