【新日本】棚橋弘至、最後の写真集発売でまさかの告白「ACEという称号は、俺が引退と同時に持っていっちゃってもいいのかな」引退試合の相手オカダ・カズチカについても言及

■宿命の相手、オカダ・カズチカと対面して「細胞が蘇った」
――そして、この写真集の発売イベントと時を同じくして、2026年1月4日、東京ドームでの引退試合の相手が、オカダ・カズチカ選手に決定しました。今、改めて、この“最後の瞬間”を、どのような心境で迎えていますか?
棚橋: そうですね……やっぱり、「因縁」というかね。そういう“縁”が、ここに来て繋がったのかな、と。オカダとの初対決は、彼がまだ若手の頃でしたけど、その後の「レインメーカーショック」(2012年)が、間違いなく新日本プロレスの一つの大きな分岐点になった。それは、僕のプロレスラー人生にとってもそうだった。その縁が巡り巡って、この最後の場所に来たのかな、という感じがしますね。

©新日本プロレス
――昨年の引退発表以来、ファンも、メディアも、「最後の相手は誰になるのか」と、様々な想像を巡らせていました。あの日、安城大会の最後にオカダ選手のテーマ曲が流れた瞬間は、ご自身としては、どのような感覚でしたか?
棚橋: まあ、その前に、外道選手の前振りがありましたからね(笑)。「ああ、オカダか。……いや、外道選手繋がりで、中邑(真輔)か?」とか、色々と考えましたけど、でも、「まあ、そうだよな」っていう、納得の感覚でした。

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――リング上で、向かい合った瞬間は、いかがでしたか?
棚橋: 何度も、何度も、あのリングで向かい合ってきた相手ですからね。少し、細胞が蘇りましたよ。記憶と身体っていうのは、やっぱり繋がっているので。「オカダ・カズチカ」を相手に戦っていた頃の、自分の身体の感覚。それが、呼び起こされましたね。
――まさに、2010年代前半の、あの熱狂が。
棚橋: ええ。僕の中では、あの時代は「棚橋とオカダの時代」だったと思っているので。その記憶が、一気に蘇ってきました。

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――オカダ選手は、「天龍さんと引退試合をした時、“昭和のプロレスが終わったな”という感じがしましたけど、棚橋さんと東京ドームでっていた時は“平成”でしたね。平成のプロレスを終わらせていきたいと思います」という発言をされていました。
棚橋: (苦笑)。いや、僕、令和も結構生きてますけどね。でも、平成の後期が、一番“エース”として頑張れた時代だった、というのは事実です。彼らしい、スケール感のある表現だな、と。彼らしいなと思いますよ。














