来年タイガーマスクデビュー45周年の佐山聡 プロレス格闘技への熱い想いは衰えず
「初代タイガーマスク」佐山聡の勇姿。自身の足でリングに上がり、立ったままマイクを握ってファンに語り掛ける。ここ最近の車イス姿、体調がすぐれず欠場…闘病中の様子に不安が募ったものだ。それがストロング・スタイル12・4東京・後楽園ホール大会で安堵に変わった。
来年はタイガーマスク誕生45周年となる。記念イヤーに向けて、プロレスそして格闘技にかける熱い想いをアピール。佐山らしさ全開だった。

今年4月に亡くなった新間寿氏は、タイガーマスク誕生の立役者の一人。新間氏の通夜で見かけた佐山には少しばかり心配になった。体調に波があるようで、この日も何とか駆けつけたようだった。

控室に待機中に挨拶に訪れる人たちに「お元気ですか?」「う~ん、私も頑張っています」「良い時も悪い時もあって」「お互いに頑張りましょう」…その度に丁寧に応じていたが、読経が始まり目の前に腰かけた佐山の手足は小刻みに震えていた。新間氏のことを想いながらも、自身とも闘っているようだった。

思えばタイガーマスクの宿敵たちも時の流れに逆らえなかった。12月5日は2018年に60歳で亡くなった「爆弾小僧」ダイナマイト・キッドの命日だった。
恐れ知らずの小気味いいファイトで人気を集めたが、従兄弟のデイビーボーイ・スミスとの名コンビ「ブリティッシュ・ブルドッグス」でも大活躍。世界中のプロレスファンを魅了した。ちなみに現在、全日本プロレス「世界最強タッグ決定リーグ戦2025」で、宮原健斗と参戦中のデイビーボーイ・スミスJrは、キッドの従甥(いとこおい)となる。

捨て身のダイビングヘッドバットはまさに「爆弾」そのものだったが、何と言っても1981年4月の初代タイガーのデビュー戦でのキッドの勇姿が忘れられない。迫力、技の切れ味など、すべてがタイガーと互角だった。
キッドとの初戦があったればこその「黄金の虎伝説」と言っても決して過言ではあるまい。

だからこそ、佐山もキッドをリスペクト。「プロレス界のためには、タイガーマスクではなくキッドのマネをしてほしい」と、キッドのファイトスタイルを高く評価していた。
マスクに手をかけてきた「虎ハンター」小林邦昭は昨年9月に死去。二人はリング上のライバル関係で熱かったが、リングを離れた私生活では深い友情で結ばれていた。新日本プロレスから離れ、格闘技ジムを開いた佐山を訪れ、定評ある料理の腕を披露。ちゃんこ鍋などをふるまい、若手たちにレシピを教えていた。「あんなに優しく人柄も良い先輩はいない」と佐山の嘆きは大きかった。

「佐山さんのタイガーマスクに、憧れて…」というレスラーは多い。実際にその人気は凄まじかった。地方サーキットも、その地区で一番大きな会場が超満員になった。宿舎、会場に入り待ち出待ちのファンが殺到。宿舎にはタイガーマスクのサインを求める色紙が山の様に積まれていた。
昭和、平成、令和と時代は進んでも、今も語り継がれる黄金の虎伝説の主人公・佐山も68歳になった。いつまでもお元気でいてほしい。(敬称略)
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