【hotシュシュ】緋彩姉妹が語るプロレスデビューの真相と、タニー・マウスの“伯母”としての葛藤「親戚のおばさんに会いたくて」
■ 「既読スルーしてました」元・全女戦士が抱いた、姪っ子への複雑な親心

――タニーさんは、姪っ子のお二人が「プロレスをやりたい」と言ってきた時、どう思われましたか? タニーさんは世界一過酷と言われた全日本女子プロレス(全女)の出身ですから、プロレスの厳しさも痛さも誰より知っているはずです。
タニー:いやもう、大反対でしたよ! 「怪我したらどうするの?」「この子たちがリングで殴られる姿なんて想像できない。絶対に嫌だ!」って。だから、二人がプロレス教室に来るのすら最初は嫌だったんです。「女の子なんだから、別にプロレスの受け身なんて取る必要ないじゃない」って。
――最初は教室に通うことすら反対だったと。
タニー:彼女たちの母親(私の妹)から、「今週の何曜日、プロレス教室に行かせていい?」ってLINEが何回も来てたんですけど、私、全部「既読スルー」してたんですよ(笑)。「来るな、来るな」と念じてました。そしたら、無視してるのによちよちと教室に来始めちゃって……。
――最終的には熱意に負けた形ですか?
タニー:「よそ(他の団体)でデビューして怪我をされるくらいなら、自分の目の届く管理下でやらせた方がまだ安全だ」と思ったんです。だから、覚悟を決めて「じゃあ、ウチでやってみるか」と受け入れました。
――いざデビューしてからも、リングで戦う姪っ子たちの姿にヒヤヒヤするのではないですか?
タニー:最初はそうでしたが、今はもう頭を切り替えました。「伯母」としての目線ではなく、一人の「プロレスラー」として、他の選手と全く同じように見ています。そうやって腹を括らないと、プロレスの現場なんてやってられないですから。
――お二人から見て、伯母であるタニーさんの存在はどう映っていますか?

ませ:プライベートの「おばさん」としてのタニーさんと、道場で練習を教えてくれる「スーパーバイザー」としてのタニーさんは、やっぱり全然違います。道場に入ると、いつも遊んでくれていた優しいタニーさんよりもずっと厳しくて……でも、みんなを楽しませながら教えてくれる面白さもあります。オンとオフの切り替えは最初は戸惑いましたが、今はもう「プロの現場」としてしっかり切り替えられています。
もえ:切り替えは大変ですけど、やっぱりベースが「伯母」なので、いつも近くで支えてくれているという絶対的な安心感はあります。
――タニーさんが過去に全日本女子プロレスという過酷な世界にいたことは知っていましたか?

もえ:最初は「プロレスラーだった」ということしか知りませんでした。自分がプロレスをやるようになってから、全女の昔の映像や『極悪女王』などを見て、「まさか、いつも一緒にいたタニーさんがこんな過酷な世界で戦っていたなんて……」と本当に驚きました。「自分に同じことができるのかな」って不安にもなりました。
ませ:私も映像を見ました。あんなにキツいことを乗り越えて、何年もプロレスを続けてきたタニーさんが一番凄いです。私たちもそういう厳しい練習を乗り越えて、タニーさんのように立派なプロレスラーになりたいと強く思いました。
――タニーさんは、ご自身が厳しい世界を生き抜いてきたからこそ、姪っ子たち、そしてhotシュシュの選手たちに「同じ苦労はさせたくない」という思いがあるのでしょうか。
タニー:そうですね。プロレス界って、怪我よりも「変な人間関係」で辞めていく人が一番多いんです。だからhotシュシュでは、人間関係を円滑にすることに一番気を配っています。絶対に私の目の届くところに置いて、常に誰かとコミュニケーションを取れるようにしている。私が若い頃、先輩からされて嫌だった理不尽なことを、下の世代にする必要は全くない。「負の連鎖」は、ここで絶対に終わりにすると決めています。
――タニーさんのその包容力と改革の意思が、hotシュシュという明るい“おもちゃ箱”を支えているのですね。
(後編へ続く:おむつを替えてくれた恩人との対決。そして姉妹タッグの絆が導く「3周年記念大会」メインイベントの結末は――)

インタビュアー:山口義徳(プロレスTODAY総監督)















