【新日本】天山広吉が35周年の節目に現役引退を発表! 8.15両国「G1」でラストマッチへ「新日本でやってこれて本当に幸せです」
新日本プロレス一筋35年、猛牛が遂にリングを去る――。
5月11日、新日本プロレス事務所にて記者会見が行われ、腰とヒザの負傷により長期欠場中だった天山広吉(55)が現役引退を発表した。
引退試合は、ゆかりの深い夏の祭典『G1 CLIMAX 36』の8月15日(土)両国国技館大会にて行われる。

会見に出席した棚橋弘至社長は、「復帰を目指してリハビリを重ねてまいりましたが、現役続行は難しいと本人より申し出があり、引退を受理いたしました」と経緯を説明。
「引退試合は8月15日の両国国技館大会で行います。引退後は新日本プロレス所属として芸能活動を継続していく予定です」と報告した。
プロレスラー生活35周年の節目での大きな決断。マイクを握った天山は、少し寂しそうな、それでいて晴れやかな表情で語り始めた。

「先ほど棚橋社長から発表がありました通り、私、天山広吉、プロレスラー生活35周年になりますけれども、今年の2026年8月15日、現役を引退することを決めました」
昨年5月、長年のダメージの蓄積から「腰椎脊柱管狭窄症」の手術を受けた天山。
脚のしびれなどの症状と闘いながら復帰を目指してきたが、リングに立つための“最低限のライン”に届かないという葛藤があったという。
「お客様に高いお金を払っていただいて、それを対価として見せられる自信がなくなった時があって。何ヵ月かいろんなことを考えたんですけど、ここはハッキリさせなきゃいけないなと決断しました」と、プロとしての矜持が引退の理由だと明かした。

新弟子時代からの波乱万丈な日々を振り返り、「1990年の3月に入門したんですけど、2日目で夜逃げしたんですよね(笑)。そこから戻ってきたのがちょうど5月11日、今日の日付と同じだったと思います」と、会見日との数奇な巡り合わせに驚きの表情。
「右も左もわからない新弟子として入門して、プロレスラーになれたこと自体が奇跡みたいなもの。いろんなイヤなこともありましたけど、チャンピオンになったり、G1で初優勝した時なんかは最高にうれしかった。お客さんの熱い声援を直に感じるのが嬉しかったですね」と目を細めた。
新日本プロレス一筋のレスラー人生。「他団体に行くことなんて考えたこともなかったですね。自分が入門したころは山本小鉄さんに指導していただいて、後ろ足で砂をかけるようなことはしたくなかった。新日本でやってこれて本当に幸せです」と、団体への深い愛情と感謝を口にした。

注目のラストマッチについては、「自分的には2対2とかタッグマッチよりも、なるべく1対1のシングルでやっていきたい」と希望。相手については「『棚橋社長、どうですか?』って言いたいところですけど(笑)」と隣の棚橋社長をイジりつつ、「やっぱり、あの男かな……。天山広吉といえば、あの選手かなと思います。『いっちゃうぞ』かな……」と、長年の盟友であり最大のライバルである小島聡の名前を暗に匂わせた。
引退後も会社に残り、タレントとしての芸能活動や後進の育成に携わるという天山。
棚橋社長も「天山選手はインパクトがあるので、芸能面で新日本を広めていく活動と、若い選手たちへのアドバイスを繋いでいってほしい」と大きな期待を寄せている。
また、師匠的存在である蝶野正洋については「連絡をとっていなくて、この後しようかなと。ぜひゲストで来てもらえないかな? 蝶天タッグも組みたいな……なんて」とラブコールを送る場面も。

引退試合までの3ヶ月間については、「あとの3ヶ月でどこまで良いところまで戻していけるか。最後、身体をしっかりといけるところまで治して、皆さんに試合を観てもらいたい。リング上に裸にタイツ一丁で出たいと思うんで、身体を鍛えなおします」と、最後のリングに向けた執念を燃やした。
「よくYouTubeとかで『痩せた』って言われるとメチャクチャムカつくんですよ(笑)」と笑いを誘いつつ、「しっかりと身体作りますんで、あともう1試合、応援よろしくお願いします」と力強く前を向いた。
数々の名勝負を生み、新日本のリングを牽引してきた「猛牛」天山広吉。思い出の両国国技館、そしてG1 CLIMAXという最高の舞台で、プロレスラー人生の集大成を見せる。

■ 天山広吉 引退試合 大会情報
大会名: 『G1 CLIMAX 36』
日 程: 2026年8月15日(土)
会 場: 東京・両国国技館
※開場・開始時間、チケット発売情報等の詳細は決定次第発表。
<写真提供:新日本プロレス>
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