「闘いからの卒業」を決断した「猛牛」天山広吉は愛されキャラの好漢
闘いからの卒業…「猛牛」天山広吉が引退を発表すると、ファンはもちろんレスラー仲間からも惜しむ声が渦巻いた。11日の会見から天山LOVEの声が広がる一方だ。
実際、愛されキャラそのもの。まだまだ若手選手のころ、待望のマイカーを購入した。かなりの年代物だった。それでもドライブは楽しかった。ところが、クラクションが壊れてしまう。折しも、目の前には女子高生の集団が広がり道をふさいでいる。しばし、思案の後「プッ、プー」と叫んだ。うら若き乙女たちの冷たい視線の集中砲火を浴びた。

故・橋本真也のイタズラのターゲットにされていた。合宿所で寝ていた若き日の天山の大事なところに、橋本がサロメチールを塗った。激しい痛みとハレに飛び起き風呂場に直行。「痛い! 熱い!」と、何度も洗ったものの、なかなか元に戻らない。橋本のイタズラには〝免疫〟ができていた天山も、これにはさすがに抗議したという。
雀を焼いたモノを「これ、体にいいから」と勧められ口にした。すると、しばらくして激しい腹痛に襲われてしまう。寄生虫を疑った天山は、目黒寄生虫館に飛び込んだが、当然のごとく「ウチでは、わかりません」と医者を勧められた。

愛妻家で知られている。IWGP王座を防衛し意気揚々と凱旋帰宅したところ「お風呂掃除、よろしく」とメッセージが置いてあった。何があっても家事分担を最優先するのが天山家の掟だった。
伝説には事欠かない。いずれも天山自身が明るく告白。楽し気に振り返るから、こちらも笑ってしまう。

実はスマートな頭脳を誇る。ほぼ同期の故・西村修が選挙に出馬した時、出馬宣言の会に駆け付けた。亀井静香ら大物政治家や地域の有力者たちが揃った会場で「西村さんは~」と見事な応援演説を披露した。落ち着いた声、口調でよどみない話しぶりは立派で堂々としており、本当に驚かされた。「天山が出馬した方が良いのでは」と一部で声が上がったのは内緒である。
西村のお父さんの葬儀に参列した天山の精進落としでのこと。お寿司はじめさまざまな料理が提供された。寿司桶にはこれでもかとばかりトロやウニ、イクラが並んでいたが、高級ネタには手を出さず、かっぱ巻きやかんぴょう巻きを口に運ぶ。「残りがちなのは自分が食べる。いいネタは他の人が食べるように」という気配りからだったのだろう。
選手仲間や関係者とはぐれ、地元の年配者の席に案内されていた。体を小さくして座り汗を拭きふき会話を交わしている。見かねてこちらに手招きしたが、両側からあれこれ話しかけるおばあちゃんたちの話し相手を続けていた。

もちろんファイトでもファンに愛された。闘魂三銃士に追いつけ、追い越せとばかり第三世代として大活躍。G1クライマックス3度、制している。IWGPヘビー級王座も4度、獲得した。
シングル戦はもちろん、タッグプレイヤーとしても頑張った。IWGPタッグ王座には12回も君臨。最多戴冠記録、最多通算防衛記録を保持している。パートナーは蝶野正洋、小島聡、西村だった。

現場監督・長州力にも可愛がられた。G1やタイトルマッチが近づくと「オイ柴田、ナニがアレだ。山本(天山の本名)はどうだ?」と声をかけられた。「素晴らしいですよ。ファンの支持も高いです」などと答えるのが常だった。長州は満足げにウンウンと頷いていた。
TTD(テンザン・ツームストン・パイルドライバー)、アナコンダバイスなどオリジナルの必殺技もいくつも開発し勝利につなげた。モンゴリアン・チョップを繰り出すと、会場中で「シュ―ッ!」の声が爆発する。ファンが一体となって天山をサポートだ。

2003年のG1決勝戦の熱狂ぶりがまざまざと蘇って来る。ノア(当時)からの刺客・秋山準を激闘の末に破って初優勝。特に、秋山がコーナーにかけたノアのタオルを、天山が踏みつけてコーナートップに上った時にファンはヒートアップした。東京・両国国技館の興奮ぶりはプロレス史に刻み込まれている。
後日「あれは凄かったね」と天山に振ると「え、そうでしたか! いや、わからなかったですよ。ひと様のタオル踏んづけるなんてそんなこと出来ないです」と、冷や汗をかきながらの答えだった。

天山広吉。公私に渡って愛される好漢。8月15日の引退試合終了後、一杯付き合ってください。あんなこと、こんなこと…ニコニコと語るあなたの笑顔が楽しみです。(敬称略)
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