【新日本】「夢は実現すると身体をもって伝えたい」体格の壁を越えたタイガーマスクがファンへ残した魂の叫び

東京・後楽園ホールが、涙と大歓声に包まれた。

7月7日、新日本プロレスが開催した『タイガーマスク 引退記念試合』のセレモニーにおいて、31年間マスクを守り抜いた4代目タイガーマスクが、現役生活にピリオドを打った。

リング上には、4代目の生みの親であり、師匠である初代タイガーマスク(佐山サトル)の姿があった。

愛弟子はマイクを握ると、満員の観衆の前で恩師への切実な願いを口にする。

「佐山先生、ありがとうございます! 今日は佐山先生に一つお願いがあります。やはり、僕は佐山先生に作っていただいて、育てていただいて、最後はどうしても、佐山先生とロックアップがしたいです」

黄金の虎の願いに、会場からは割れんばかりの拍手と大歓声が巻き起こった。

タイガーがTシャツを脱ぎ捨てると、名物リングアナウンサーの田中ケロが「夢の対決実現!」と、時空を超えた師弟対決をコールする。

タイガーがあの頃のように右人差し指を天高く突き上げると、開始のゴングが鳴り響いた。

すると、初代タイガーは往年を彷彿とさせる鮮やかなタイガーステップを披露し、場内は驚嘆のどよめきに包まれる。

そして、師弟はリング中央でガッチリとロックアップ。

短いながらもプロレス史に永遠に語り継がれるであろう魂の交錯が終わると、聖地は温かい拍手に包まれた。

恩師がリングを降りた後、タイガーは再びマイクを握り、自身の激動の半生を振り返り始めた。

幼少期は野球選手を夢見ていた少年が、いかにしてプロレスの虜になったのか。

「最初は野球選手になりたくて、野球に明け暮れていました。そのあとにテレビで佐山先生のタイガーマスクを見て、プロレス一筋になり、タイガーマスク一色になってしまいました」

憧れはやがて現実の目標となり、佐山の門を叩いた。

そして31年前の7月15日、ここ後楽園ホールでデビューを果たす。

みちのくプロレスでの武者修行を経て、ついに憧れであった新日本プロレスのリングに立つことになった軌跡を噛み締めるように語った。

偉大なる初代の影を追う重圧は、想像を絶するものだったはずだ。

「毎日毎日、佐山先生の顔に泥を塗らないようにと、自分なりに毎日毎日勉強し、研究し、少しでも佐山先生に近づこうとがんばっていました」

しかし、行き詰まっていた愛弟子を救ったのは、他でもない師匠の言葉であった。

「佐山先生はいつも言いました。『俺の真似をするな。オマエは俺じゃない。オマエのタイガーマスクをやれ』その言葉ですっきりして、自分なりのタイガーマスクを表現してきました」

173cm、83kg。屈強な大男たちが集うプロレス界において、決して恵まれた体格とは言えなかった。

入門を志した際、両親からは「オマエみたいな奴はイチコロでのされる、オマエなんかプロレスラーになれるわけない」と猛反対されたという。

それでも自らの体で体現してきた31年間の証明を、ファンへの熱いメッセージへと昇華させる。

「夢は実現すると、自分は自分の身体をもって、みなさんに伝えたいと思います。ぜひみなさんも夢をあきらめないで、夢に向かって突っ走ってほしいと思います」

栄光に彩られたキャリアの終盤、人知れず引退の恐怖と限界に対する葛藤を抱えていたことも赤裸々に打ち明けた。

「この引退の日が来なければいいと、毎日毎日思っていました。ふだんは選手とは、『え? 俺引退するの? 引退するの?』と、ふざけては言ってましたけども、本当にこの日が来ないでほしいと思っていました」

おどけて見せながらも、肉体の悲鳴は隠せなかった。

「私の身体がもう限界でした。これ以上やればタイガーマスクを汚してしまうんじゃないかと」と吐露し、「佐山先生と作ったタイガーマスクはいまはもう自分にはできない」と、潔く幕を下ろす決断に至った胸中を明かした。

それでも最後まで戦い抜くことができたのは、家族と仲間の存在があったからだ。

「家に帰れば、私の妻、子どもはいつも励ましてくれて、『そんなことない、大丈夫だ』、いつも言ってくれました。そして、ここにいる仲間もいつも励ましてくれました」

一番の未練は、試合ができなくなること以上に、苦楽を共にした巡業の仲間たちとの別れであった。

「引退するときに何が一番寂しいかというのは、プロレスができないこともそうですが、この新日本プロレスの最高の仲間たちと巡業に行くことができないのが一番寂しいです」

セレモニーに出席した元プロ野球監督の原辰徳の言葉を借りながら、自らのレスラー人生がいかに恵まれていたかを語る。

「先ほど原辰徳さんも言っていたとおり、私は本当に人に恵まれました。佐山先生に出会い、プロレスラーになりたい。ただ、それだけだったのが、タイガーマスクになれた。プロレスラーになれる人はいっぱいいるけど、タイガーマスクになれる人は一人しかいない。そう言われ、本当に自分は人に恵まれたなと思っております」

メキシコをはじめとする世界中のファンへの深い感謝を述べた後、黄金の虎は、これからの新日本プロレスの未来を後輩たちへ力強く託した。

「私は引退しますが、これからこの新日本プロレスはまだまだ続いていきます。ここにいる選手は今日よりも、もっともっと熱い試合をしていくと思います。どうかこの先も、新日本プロレスを応援してください」

そして最後に、31年間支え続けてくれたファンへ向けて、魂の底からの叫びを響かせた。

「31年間、だらしないとか思ったときもあると思いますが、それでも熱く熱く、いつも応援していただいたことにたいへん感謝します。31年間、本当にありがとうございました!」

別れの10カウントゴングが聖地に鳴り響く。

田中ケロによる「173cm、83kg、タイガ〜マスク〜!」という最後のコールを受け、タイガーは右手を高く突き上げた。

満員の客席四方向へ深々と一礼し、自らが戦い続けたリング中央のライオンマークに座礼を捧げる。

本隊の面々によって高々と胴上げされ、仲間たちと固い握手を交わした黄金の虎。

鳴り止まない大「タイガー」コールを全身に浴びながら、リングサイドを一周してファンに最後の別れを告げた。

4代目タイガーマスクとして31年間その名を守り抜いた男の現役生活は、美しくも壮大なフィナーレを迎えた。

◆プロレスTODAY(LINEで友達追加)
友だち追加