【大日本】“女性初”のデスマッチ王座挑戦へ!山下りなが明かす王者アブドーラ・小林の「でかいNO」を糧にする強靭なメンタルと、天下分け目の一戦へ懸ける想い
2026年7月31日、東京・後楽園ホール。うだるような真夏の熱気が充満するこの日、大日本プロレスが誇る至宝「BJW認定デスマッチヘビー級王座」の歴史において、かつてない異常事態にして、最大のパラダイムシフトが起ころうとしている。
血と汗に塗れた男たちが、己の肉体と命を削りながら死守してきたこの重々しいタイトル。
そこに挑戦者として名乗りを上げたのは、“デスマッチアマゾネス”の異名をとる女子プロレスラー、山下りなである。
大日本プロレスの四半世紀以上に及ぶ歴史のなかで、女性レスラーがデスマッチヘビー級王座に挑戦するのは史上初の出来事だ。
アメリカのGCWをはじめとする海外のデスマッチシーンでも数々のタイトルを奪取し、すでに世界規模でその名をとどろかせる山下りな。
しかし、「大日本プロレス」というあまりにも分厚く、男臭い老舗のリングにおいて、この挑戦権を手にするまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
なぜ彼女はデスマッチに魅せられ、王者からの度重なる拒絶をどのように乗り越え、この大一番にたどり着いたのか。
決戦を目前に控えた山下りなの、狂気と情熱が入り混じる深層心理に迫る。
■ 10年前には想像もできなかった景色。デスマッチファイターとしての覚醒
―― 数年前にお会いした頃からすると、“デスマッチアマゾネス”と呼ばれる今の山下選手の活躍ぶりは本当に驚異的です。世界にその名をとどろかせていますね。海外遠征もすっかり日常の風景になりました。
山下: 本当によく海外に行くようになったなと自分でも不思議に思います。
――10年前の山下選手があんなにも激しい、流血を伴うデスマッチファイターとして世界を駆け巡るなんて、夢にも思っていませんでした。
山下: ふふふ、実は私も全く思っていなかったんです。私自身が一番想像していなかった未来かもしれません。
―― デビュー当時の頃から、デスマッチへの興味や関心はあったのでしょうか?
山下: 見るのは元々めちゃくちゃ好きだったんです。こっそりデスマッチの会場に足を運んで、熱狂しながら観戦していました。でも、それを「自分がやる」とは全く思っていなくて。プロレスリングwaveに所属していた頃に、ちょこちょこと女子の先輩方と少しハードな試合をやったりはしていましたが、フリーランスになってからですね、本格的にデスマッチのオファーが舞い込むようになったのは。
―― 実際にデスマッチの世界に足を踏み入れてみて、現在の充実感はいかがですか?
山下: もう、大充実です! 本当にデスマッチというジャンルがあってくれて良かったと心底思っています。この道を作ってくれた先人たちには、感謝してもしきれません。

©大日本プロレス
―― デスマッチを経験すると、アドレナリンが極限まで分泌され、ある種のエクスタシーのようなものを感じると他のファイターから聞いたことがあります。ただ、現実問題として「めちゃくちゃ痛い」ですよね? 例えば、日常生活で画鋲を一つ踏んだだけでも飛び上がるほど痛いのに、それが何個も体に刺さるわけですから。
山下: 画鋲は……最悪です。本当に最悪。でも、画鋲の最悪さに比べれば、蛍光灯とかガラスは「ギリギリ痛いな」くらいで済む感覚になってきちゃって。
―― いやいや、蛍光灯も絶対痛いですよ
山下: 喉元過ぎれば熱さを忘れるじゃないですけど、試合が終わってしまえば「あー、痛かったね!」みたいな感じで笑って終われるんです。人間の体って不思議ですよね。
―― その話ぶり、すっかり一流のデスマッチファイターですね。アロンアルファで傷口を塞ぐとか、ホッチキスで傷を留めるとか、そんな話が日常会話で出てくる境地に達しているのだと実感します。しかし、ただ痛みに耐えるだけではなく、山下選手のファイトは感情が乗り移り、何度やられても立ち上がる不屈の闘志が会場中のお客さんの心を鷲掴みにしています。
山下: 昔は多分、ただがむしゃらにぶつかっていくだけだったんです。でも、今は「そのがむしゃらさを、どうやってお客さんに伝えるか」に特化して考えるようになりました。がむしゃらなだけだと、それは自己満足の一方通行で終わってしまう。お客さんがものすごく良いように解釈してくれれば「おおっ」となりますが、それだけでは「伝えよう」という気持ちが足りないんです。それに気づいてからは、私が一生懸命やりたい気持ち、どうしても勝ちたいという熱をどう表現すれば伝わるかを、試合前から深く考えるようになりました。
―― その感情表現の豊かさこそが、山下選手がファンから圧倒的に支持される理由ですね。















