【ガンプロ】「どんだけ転んでも、絶対に立ち上がる」大家健が“富山軍”結成に込めた地元愛と、愛する家族へ捧げる25年目のリング

プロレスというジャンルにおいて、彼ほど「人間の生き様」をリング上で曝け出してきた男はいないだろう。

ガンバレ☆プロレス代表、大家健。

一度はプロレスから身を引き、ホームレス生活も経験した。そこから這い上がり、再びリングへ。

紆余曲折を経て自らの団体を旗揚げし、今もなお先頭に立って泥まみれになりながら走り続けている。

そんな大家が今年、デビュー25周年という大きな節目を迎える。

来る2026年8月15日、東京・後楽園ホールで開催される『サマーフィルムにのって2026』。

その舞台で組まれた「大家健デビュー25周年記念試合 第2弾」は、大家健、小路晃、竹田誠志の“富山軍”が、木高イサミ、クリス・ブルックス、阿部史典というトリオと激突する、極めて濃密な一戦だ。

四半世紀にわたってリングという名のカンバスに自身の人生を描き続けてきた大家健は、今、何を思うのか。

挫折と栄光、団体を率いる覚悟、そして愛する家族への思い。

プロレス界随一の“ド根性男”の胸の内に迫るインタビューをお届けする。

【大会情報】
「サマーフィルムにのって2026」東京・後楽園ホール大会
日程:2026年8月15日(土) 開場17:30 開始18:30
会場:東京・後楽園ホール

▼大家健デビュー25周年記念試合 第2弾
大家健&小路晃&竹田誠志 
vs
木高イサミ&クリス・ブルックス&阿部史典

 

■ 「どぶさらい」のプライド。泥水の中で見つけた自分の居場所

―― 8月15日の後楽園ホール大会が目前に迫ってきました。今回はご自身のデビュー25周年記念試合第2弾が行われます。改めて、この25年間のプロレス人生を振り返ってみて、一番強く感じていることは何でしょうか。

大家: そうですね……トータルで振り返ってみると、やっぱり「よく25年もやってきたな」っていう思いがありますね。ただ、デビューした時点から数えて25年というだけで、その間にどっか行っちゃったり、プロレスを辞めていた時期もあるんです。だから、他の選手たちのように25年間丸々やり続けてきたわけじゃなくて、実質的には20年ぐらいじゃないですかね。

―― それでも20年以上、身体を張ってリングに立ち続けているのは並大抵のことではありません。デビュー当時、ご自身がこれほど長くプロレスを続ける姿を想像していましたか?

大家: いや、全く思ってないですよ。無我夢中でやってたら、いつの間にか25年経っていたというのが正直なところです。ただ、25年経った今でも、年間で100試合前後ぐらいはやらせてもらっているんですよ。自分の団体(ガンバレ☆プロレス)だけじゃなく、他団体からも呼んでいただけて。そういう意味では、プロレス界の中にしっかりと自分の居場所を作ることができているのかなと。それは本当にありがたいことですよね。

―― デビュー当時に思い描いていた理想のプロレスラー像と、現在の大家選手の姿は、どのような違いがありますか?

大家: 全然違いますよね(笑)。デビュー当時は、もうちょっと渋い感じの、しっかりとしたレスリングができる選手になりたいなと思ってたんですけど……まあ、僕には無理でしたね。

―― 今や「渋いレスリング」とは対極にある、泥臭さやド根性、そして感情をむき出しにして闘うスタイルの最前線にいらっしゃいます。それが大家選手の最大の魅力です。

大家: 考え方もいろいろ変わってくるんですよ。プロレスって最終的には「自分のため」に還ってくるものなんですけど、自分がなりたい理想の姿を演じるよりも、お客さんに何を見せたいか、どう感じてもらいたいかっていう方向にシフトしていったんです。自分の持てる力を全部使って、ボロボロになりながら試合をすることで、「明日からまた頑張ろう」ってお客さんを勇気づけたい。

昔、僕はプロレスから離れてホームレスになっていた時期がありました。「あの人もホームレスだったのに、今はあんなに頑張ってるじゃないか」って思ってもらえるような、元気づけられるホームレスになりたいんですって、復帰する時に先輩に言ったんですよ。そしたら「ホームレスプロレスラーって何だよ」って笑われましたけど(笑)。

―― (笑)。しかし、その挫折の経験があるからこそ、大家選手のプロレスには説得力があります。

大家: 世の中には「人生辛いな」とか「これからどうやって生きていけばいいんだろう」って悩んでいる人たちがたくさんいると思うんです。そういう人たちに対して、「こんな風に不器用にもがいて生きてる人間もいるんだよ」っていうのを見てもらいたい。それが僕の原動力になっています。

僕は「俺は強い!」って胸を張れるタイプのレスラーではないですけど、それとは別のプライドがあるんです。例えるなら、プロレス界における「どぶさらい」みたいな仕事。これをやらせたら、俺の右に出る者はいないぞと。君たちはかっこよくプロレスをやりたいかもしれないけど、俺は地面を這いつくばってでもプロレスをやっていく。それをお客さんに見せていくんだって。そこに関しては絶対に誰にも負けたくない。そういう覚悟でずっとやってきました。

―― その「限界まで出し切る」「感情を曝け出す」という部分に、多くのファンや仲間たちが引き寄せられているのだと思います。引退や失踪など、様々な挫折を経験されてきましたが、それをどうやって乗り越え、再びプロレスに向き合ってきたのでしょうか。壁にぶつかっている若い人たちへ、何かメッセージはありますか?

大家: 壁にぶつかって「ダメだったな」と思って一回辞めてしまうことって、あると思うんです。でも、そこから「もう一回やってみよう」と思えるかどうか。そして、もう一度やらせてもらえる環境を作るために、周りの人たちにちゃんと自分の口で筋を通せるかどうかが全てだと思います。

―― DDTプロレスリングを退団し、マッスルをすっぽかして失踪したこともありました。そこからの復帰は、簡単な道のりではなかったはずです。

大家: そうですね。工場で期間工として働いていた時、やっぱり「プロレスに戻りたい」とずっと考えていたんです。愛知から東京に戻る決心をした時、高梨(将弘)に連絡したんです。高梨は僕がプロレス界に紹介した後輩だったんですけど、当時、携帯のアドレス帳を全部消しちゃってて。でも、高梨のアドレスだけは簡単だったから覚えてたんですよ(笑)。

メールを送ってみたら「お久しぶりです。大家さんが戻ってきたら楽しいんで、戻ってきてくださいよ」って返事が来て。そして、一宮(章一)さんに電話をしたら「とにかく一回事務所に来い。」って言われたんです。

―― 失踪した団体の事務所へ、1年ぶりに謝罪に行く。相当な覚悟が必要だったのではないですか?

大家: 一年ぶりに行って、髙木(三四郎)さんに「すいませんでした、復帰したいんですけど」って頭を下げました。髙木さんは「俺はいいけど坂井に聞いてみて」と。

マッスルをすっぽかして失踪していたので僕が一番迷惑をかけていたのはマッスル坂井だったんです。

で同期のマッスル坂井に復帰してよいかを聞いたところ「いいよ。」と許してくれました。

なのでそれからは自発的にマッスルの手伝いをずっとしてました。

一度逃げ出した場所に戻るっていうのは、本当に至難の業だと思います。相手は絶対に怒ってますから。でも、僕はDDTを辞めて復帰させてもらった後は、恩返しのつもりでずっとDDTのために人生を捧げるつもりでやってきました。まさかそこから独立して、自分で団体(ガンバレ☆プロレス)をやることになるなんて、あの時は思ってもみなかったですけどね。

 

■ ガンバレ☆プロレスの転換期と「メジャースポーツ」への果てなき挑戦

―― そのガンバレ☆プロレスですが、SNSで「旗揚げ当時のような気持ちに直面している」と投稿されていました。今、ガンプロはどのような転換期にあると感じていますか?

大家: 所属選手が増えて、みんなに頼る部分がすごく大きくなってきたんです。でも、もともとは僕がたった一人で立ち上げた団体でした。深夜の部屋の隅で、賛同してくれた人たちの名前や目標を紙に書いて、壁にペタペタ貼って……。

今、周りに優秀な仲間がたくさんいるからこそ、どこか彼らに引っ張ってもらっている自分がいることに気づいたんです。でも、やっぱり僕が先頭を切って引っ張っていかなきゃいけない。「年齢的に体が動かない」なんて言い訳をしている場合じゃないんです。

―― もう一度、自分がリーダーシップを発揮して前に出るべきだと。

大家: 13年か14年前に旗揚げした時は、「お前しかいない」って言われて、僕自身も他に居場所がなくて必死にやっていました。今こそ、その旗揚げ当時のギラギラした気持ちに戻って、心を入れ替えて陣頭指揮を執らなきゃいけない。今までの延長線上じゃダメだという強い危機感があります。

―― ガンプロが掲げ続けている「プロレスをメジャースポーツに」という夢。これは25周年を迎えた今も変わらない目標でしょうか。

大家: 変わらない目標なんですけど……コロナ禍を経て、エンターテインメントの形が激変したじゃないですか。YouTubeやTikTok、ライブ配信など、芸能人じゃなくても有名な人がたくさんいる時代です。その中で、「プロレスラー」という肩書きの知名度がどれほどのものか、すごい危機感を感じているんです。

昔、大船渡に行った時、小学生に「アントニオ猪木って知ってる?」って聞いたら、「国会議員のおじさんでしょ? え、プロレスラーなの?」って言われたんです。アントニオ猪木を知っていても、プロレスラーだとは知らない。ショックでしたよ。リングでやっていることを見せても、「キックボクシング?」って言われちゃうかもしれない。

―― 世間一般への「プロレス」というジャンルの認知度を、もう一度底上げしなければならないと。

大家: そうです。「メジャースポーツに」って口で言うのは簡単ですけど、プロレスの枠の中だけで固まっていてはダメなんじゃないかと。だからこそ、プロレスラーという肩書きを背負って、プロレス以外のいろんなジャンルに出ていくことが大切だと思っています。

うちのまなせゆうななんかは、そういう発信がすごく上手いですよね。プラスサイズモデルをやったり、インスタでプロレスファン以外にも届くような発信をしたり。彼女のやり方は本当にすごいと思うし、ガンプロのみんなにも、それぞれのやり方で「プロレスラー」を世間にアピールしてほしいと思っています。

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