【新日本】「永遠のレジェンドへ捧ぐ」後楽園ホールでドリー・ファンク・ジュニアさん追悼のテンカウント
新日本プロレスは8月6日(木)、東京・後楽園ホールにて真夏の祭典『G1 CLIMAX 36』第12戦を開催した。
激闘が続くシリーズの熱気とは打って変わり、この日の大会開始前のリングは深い哀悼の意に包まれた。8月4日(アメリカ現地時間)に85歳でこの世を去ったプロレス界の巨星、ドリー・ファンク・ジュニアさんの追悼セレモニーが執り行われたのである。
1941年2月3日に生を受けたドリーさんは、実父であるドリー・ファンク・シニアからの薫陶を受け、1963年7月にプロレスラーとしての第一歩を踏み出した。
その天性のレスリングセンスは瞬く間に開花し、1969年には世界最高峰と謳われたNWA世界ヘビー級王座を戴冠。長きにわたり王座を死守し、世界中の猛者たちと鎬を削りながら、確固たる一時代を築き上げた。
さらに、ドリーさんの功績を語る上で欠かせないのが、実弟テリー・ファンクと結成した伝説の兄弟タッグ「ザ・ファンクス」としての活動である。
日米のリングで絶大な支持を集め、日本列島に空前のプロレスブームを巻き起こした。そのスピニング・トーホールドをはじめとする洗練されたテクニックと不屈の闘志は、日本のマット界に計り知れない影響を与え、数多のプロレスラーの指針となった。

新日本プロレスのリングにおいても、その勇姿はファンの記憶に深く刻まれている。2001年10月8日に開催された東京ドーム大会において、ドリーさんはザ・ファンクスとして参戦。
藤波辰爾およびボブ・バックランドという日米のレジェンドタッグと夢の対決を実現させ、超満員の観衆を大いに沸かせた。
この日の後楽園ホールで行われたセレモニーでは、新日本プロレスを代表して棚橋弘至社長、そして元レフェリーのタイガー服部氏がリングへ登壇した。
本大会に出場する選手がリングサイドに整列し、静かに首を垂れる中、会場には追悼のテンカウントゴングが鳴り響いた。
日米のプロレスの架け橋となり、マット界の発展に生涯を捧げた偉大なるテキサスのレジェンド。その魂は、後楽園ホールに集った選手とファンの心の中で、これからも永遠に生き続ける。
<写真提供:新日本プロレス>













