名勝負が誕生する秘密は? 予選から勝ち上がった大岩陵平の優勝で感動のフィナーレとなった『G1CLIMAX』から探った
今年も激闘の連続となった新日本プロレス真夏の最強戦士決定戦『G1 CLIMAX 36』も予選から勝ち上がった大岩陵平のドラマチックな優勝で感動のフィナーレ。上村優也との決勝は死闘となり、若武者同士の最強決定戦は、世代交代と新時代の到来を感じさせた。闘魂三銃士が藤波・長州時代を乗り越える端緒となった第1回G1(1991年)が蘇った。

大岩は準決勝で前IWGPヘビー級王者カラム・ニューマンを制しての決勝進出だった。上村は準決勝で同王座の現王者・辻陽太を退けている。新時代いや現在のプロレス界を引っ張る男たちが覇を競い合うファイナル4は見ごたえたっぷりだった。

G1公式戦でもいくつもの好勝負が繰り広げられた。ともに「アイツ大嫌い」と公言しあう大岩とYuto-Iceの一戦も凄まじかった。二人の感情が真っ向からぶつかりあうバトルは、見る者の魂も高ぶった。

思えば、藤波辰爾と長州力の「名勝負数え唄」を始め、ジャンボ鶴田と天龍源一郎の鶴龍対決、初代タイガーマスクこと佐山聡と小林邦昭、三沢光晴と川田利明、棚橋弘至とオカダ・カズチカなど、ファン一人ひとりに思い入れのあるライバル抗争があるだろう。
ベストバウトと謳われる一戦は、ライバル決戦から生まれることが多い。そしてプライベートでは仲の良い二人か、あるいは逆に私生活では馬の合わない者同士か、いずれかの場合が大半だ。
もっと平たく言えば、大好きか大嫌いだと名勝負が生まれる場合が多い。感情むき出しの激しい試合はリング上を熱くし、ファンの魂を揺さぶる。
藤波と長州はファイトスタイル、生き方…公私に渡って対照的だ。「受け身の名人」藤波と「攻撃は最大の防御」と攻めて攻めて攻めまくる長州。藤波は最終的には新日本プロレスを退団したが、何度も離脱する機会がありながら踏みとどまり、社長を務め一区切りまで所属した。長州はジャパンプロレス、WJを立ち上げた「出たり入ったり」の元祖である。
生来の性格もあるだろう。人生の分岐点で、何を大切にして選択するのか。プロレスへの考え方など、すべてが投影されるのがリング上である。藤波と長州はまさに両極端の二人と言っていいだろう。
鶴田と天龍も同様だ。天賦の運動能力を生かした闘いに、堅実な人生設計を実践した鶴田に対し、天龍は無骨を魅力にし、宵越しの金を持たないとばかり豪快に漢の振る舞いに徹した。鶴龍の激突は「ハイハイ、どうぞ」と余裕の鶴田に、天龍が「コノヤロー」と意地を爆発させる横綱相撲だった。
逆にリングを離れれば、気が合ったのが佐山と小林だった。まさに親友。料理好きの小林が、新日本を退団し格闘技を立ち上げた佐山の道場でちゃんこ鍋を振る舞ったり、若手にちゃんこ指南していた。袂を分かった後にもされた長らく続いた二人の友情は、遠慮会釈のない徹底的なリング上の激しいぶつかり合いに現れていた。
信頼関係があればこそ、激しい技の応酬ができる。相手の技量を知っていればこそのハードな試合が展開された。
三沢と川田は同じ高校レスリング部の一年先輩後輩の仲だった。運動部の年次は一生続くという。ともに全日本プロレス入りした二人もその掟からは逃れられない。三沢は先輩風を吹かすタイプではなかったが、川田にしてみれば何かと思うこともあったはず。豪放磊落な三沢に細やかな神経を持った川田。性格も正反対だった。
小橋建太、田上明も加わった四天王プロレスは、日本プロレス史上でも、一二を争う激しさを誇っているが、三沢と川田の対決はもう一つの隠し味が加わったごとく激しく燃え上がる炎を感じさせた。
オカダの「棚橋さん、お疲れ様でした」で始まった棚橋とオカダは、東京ドームなど大会場での闘いを重ねるにつれて、いよいよ先鋭化されていった。時代の最先端の闘いであり、世代闘争でもあった。新日本の社長になった棚橋と米マットに新天地を求めたオカダ。世代の違いもあって互いのプロレス観のぶつけ合いでもあった。

時代が進むにつれ、ハラスメント問題も取り上げられるようになった。試合後はノーサイド感が大きくなっているが、プロレスはあくまで闘いが大前提。いみじくも大岩は「上村さんと俺は今後も続く」と声をあげていた。令和の名勝負はどのようなライバルから誕生するのか。ワクワクしながら見守りたい。(敬称略)

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