断崖絶壁に追い込まれた“狂乱のプリンス”が「はみだし」宣言! 『N-1 VICTORY』を制して「復活の清宮海斗」を誓う
「狂乱のプリンス」清宮海斗が30歳にして正念場に立たされている。
清宮はノアの象徴GHCヘビー級王座を3度、戴冠するなど「新時代の旗手」として期待通りの活躍をしてきた。日本マット界全体を見渡しても、若き正統派王者の台頭は、なかなか難しい。
勢いそのままに頂上に駆け上っても「王座を守る」壁にぶち当たってしまう。奪取よりも防衛の方が何倍も大変。プロレス界の王者たちは、全員が痛感しているはずだ。
清宮も「ベルトの重み」を思い知らされながら、立ち上がってきた。2度、3度とノアの顔になった実力は本物だ。

2年前のことだった。当時28歳の清宮に「最近、どう?」と何気なく聞いたところ「いや~、年食ったと思い知らされています」と、思いがけない答えが返って来た。
ええッ!? その年齢で? と驚いたが、ベルトの重み、ノアの看板を背中に感じていた重責の年数は、他の10年選手とは比較にならないだろう。
ただ清宮には生来の明るさがあり、ポジティブ志向の男だ。素直で聞く耳を持っている。いつも海斗スマイルで応じてくれる。
最初の戴冠を祝した宴に漫画家も参加していた。「どんな漫画を描かれるんですか?」「ボク、Hな漫画、読みたいんです」とニコニコ。あっけらかんと笑う様子に、飾らない若さの魅力が爆発。うらやましくなったものだ。

2度目の戴冠後の宴の会場は居酒屋「海斗」だった。「いや、嬉しいですね」とお店の看板の前で、またまた底抜けの笑顔を披露してくれた。
清宮と言葉を交わすたびに「ノアの未来は明るい」との思いを強くしていったものだ。それが、2年前の「年食った」発言にはいささか驚かされた。
体力に問題があるとは思えない。スタミナも底抜けだ。天性の格闘センスにテクニックも加わった。キャリアを積み試合運びの巧みさも磨かれている。とはいえ、清宮の口から年齢問題が飛び出したのは、いささかショックだった。

まさか25年、26年の苦闘を予期していたのだろうか。25年の元日にOZAWAにGHC王座を奪われた。ベルトだけでなくOZAWAの「暴露」にさらされて、清宮は人間性まで傷つけられてしまった。

同年後半にはYoshiki Inamuraが躍進。独特のジャパニーズイングリッシュを操り、人気も徐々に獲得。いまや清宮はOZAWA、Inamuraと並び「令和の御三家」と呼ばれている。
新時代を一人で背負っていた男が「黒い暴露男」「ファンキーバディ」と同列に並んでいる。

しかも内藤哲也との次期GHC王座挑戦者決定戦に敗れ、ノアの至宝を「元新日本プロレス」内藤に「流失」させた戦犯の一人になってしまった。
清宮の苦悩は大きい。そのノア愛は誰にも負けないだけに、今や「のらりくらり戦法」を操る内藤の理不尽発言に耳をかさなくてはいけない非常事態に切歯扼腕だろう。

22年1・8神奈川・横浜アリーナ大会の「新日本VSノア」メインイベントで、武藤敬司と組んで、棚橋弘至、オカダ・カズチカ組と対戦した。オカダにフォール負けした清宮は号泣している。
その涙は限りなく純で、清宮のプロレスそしてノアへの想いが募り、心中から湧き出てきたモノだった。あの涙にはウソはない。ただ、熱い想いが強すぎて、やや空回りしている感も否めなかった。
武藤、棚橋、オカダと日本プロレス史を飾って来た男たちと、大舞台で絡み合った経験は、とてつもなく大きい。

折しも新日本の「G1 CLIMAX」で、大岩陵平が優勝。大岩がノアに国内留学していた時に、清宮は彼とコンビを結成。兄貴分として大岩をサポートしていた。清宮は会場を訪れ、大岩の晴れ姿を見届けている。
大岩から「清宮さんにはN―1で頑張ってほしい」と、エールを送られたが、清宮の心中はいささか複雑だろう。団体の枠を超えた弟分の大活躍に、いよいよ「最後の大勝負」感が高まっている。
募る想いを爆発させ、一気に盛り返すチャンスが用意された。「N-1VICTORY 2026」(9月12日、東京。後楽園ホールで開幕)で、決勝戦(10月4日、東京・国立代々木競技場・第二体育館)に勝ち上がり栄冠を手にするしかない。

8・30兵庫・神戸サンボーホール大会ではN-1のAブロックにエントリーされた6人が集結したタッグマッチに出陣。ライバル2人、Inamura、杉浦貴と組み、飯野雄貴、藤田和之、アルファ・ウルフ組と対戦し、清宮が飯野をスカイウォークエルボーで仕留めた。

マイクを手に「はみだしてやりますよ」と、またまた満面のスマイルでN-1優勝宣言をぶち上げる清宮だった。
君の言葉、想いそして涙は本物。N-1を制し「復活の清宮海斗」として、4度目のGHC戴冠をつかみ取れ。(敬称略)
<写真提供:プロレスリング・ノア>
Pages 1 2














