【ドラゴンゲート】ドリームゲート7度目戴冠目指すYAMATOが師・門馬秀貴との激闘で改めて決意…「プロレスラーは強くなきゃいけない」
プロレス団体ドラゴンゲートが9月3日、東京・後楽園ホールでタッグリーグ戦『Rey de Parejas 2026』最終戦を開催。9・12EBARA WAVE アリーナおおた(大田区総合体育館)で、Kzyの持つオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦するYAMATOが師・門馬秀貴との戦いで、7度目の戴冠を期した。
YAMATOはプロレス入りする前、和術慧舟會で総合格闘技の腕を磨いたうえでドラゴンゲートに入門した。そのときの師匠が門馬で「デビュー20周年記念試合第2弾」として、10分の特別エキシビションマッチに臨んだ。
門馬は2001年にリングスでプロデビューすると、パンクラス、MARS、DREAM、DEEPなどのリングで活躍した伝説の総合格闘家。
前半は門馬が終始グラウンドでリード。YAMATOも腕取り式のヘッドシザースで反撃。門馬が張り手、キックを見舞えば、YAMATOは延髄斬り一閃。門馬はまさかのフランケンシュタイナーを繰り出すと、変型のネックロックで絞り上げるもタイムアップのゴングが鳴った。
試合後、YAMATOは「皆さん、こちらの方が門馬秀貴、正真正銘、YAMATOの師匠です。僕が20歳になる年に、門馬さんはその当時28だったと思いますけど。ということは今いくつなんですか?元気すぎるでしょ。その時ね、僕覚えてますよ。2001年かな。世の中はPRIDE、総合格闘技全盛の頃で、門馬さんに『プロレスラーになりたくて入会しに来ました』って言ったんですよ。成増にあったA3というジムで。そうしたら門馬さんは『ああ、そうなんだ』みたいな。それはそうですよね。総合格闘技全盛の時代に、なんでプロレスラーなんてって思いますよ。同じように入ったその当時の会員さんたちには散々バカにされましたよ。なんだよ、プロレスって。総合格闘技だろ。PRIDEだって。そう言われながらも、私は自分の目指すプロレス道を突きつめまして、今年20周年を迎えました」とマイク。
門馬は「小野寺、いや、YAMATO。久しぶりだな。こうやって組み合うのは20年ぶりだ。でも、この20年間のYAMATOの形をこの肌で感じられて、そしてこのドラゴンゲートの歴史を作ってきたYAMATOと戦えたことに感謝してるよ。ありがとう。そして、ドラゴンゲートファンの皆さん、今日、俺とYAMATOは命を懸けてこのリングで戦いました。命を懸けてこのリングで戦うことで、今日来てるお客さんに何かパワーを与えられれば、ぶつけられればと思って戦いました。そして、そのパワーをまたさらに倍にして、大きな声援に変えて、このリングに返してください。そして、選手たち、俺たちはそのパワーをまた倍にして、さらに倍にして、勇気と感動を乗せて、またお返ししていくんで。YAMATO、そしてドラゴンゲートファンの皆さんが最高だってことだ。YAMATO、次のタイトルマッチ、必ず勝って、またドラゴンゲートの歴史を作っていくんだ」と愛弟子にエールを送った。
バックステージでYAMATOは「私の師匠である門馬秀貴さん、会社に無理を言ってお願いして組んでもらいました。感無量です。僕がプロレスラーになろうと思ってた時期は、本当にK-1、PRIDEが飛ぶ鳥を落とすがごとく勢いだった時期です。周りにプロレスラーになろうなんてアホは全然いなかったんですね。道場の同じ時期に入った会員さんたちにはバカにされました。そういうヤツらは半年も経たずにいなくなっちゃいますけどね。YAMATOはこうやってあの時の思い、気持ちを曲げずに今年20周年を迎えられて。本当にね、プロレスラーは強くなきゃいけないと、今日改めて、それを感じたし、僕の信念は間違ってないと思った。だから9月12日、大田区。あんなドラゴンゲートで一番弱いヤツが巻いちゃダメなベルト。夢がないよ。ドリームゲートなのに夢がない。獲った時点であいつの夢は終わってるんだから、恥をさらす前に俺がこの腰にベルトを獲り返す。最多7度目の戴冠、よろしく!」とベルト奪還を公約した。
(取材・文=ミカエル・コバタ)
『Rey de Parejas 2026』
9月3日(木)東京・後楽園ホール
▼第5試合
■YAMATOデビュー20周年記念試合・第2弾 特別エキシビジョン(10分1本勝負)
YAMATO △
(時間切れ引き分け)
門馬秀貴 △
<写真提供:DRAGONGATE>
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