【訃報】「驚異の身体能力」PACが40歳で急逝…日米欧を股にかけた稀代のハイフライヤー

米プロレス団体AEWは現地時間9月27日、同マットを主戦場としていたPAC(本名:Benjamin Satterly)が急逝したことを発表した。

享年40という早すぎる別れに、日米のみならず世界中のプロレス界が深い悲しみに包まれている。

英ニューカッスル出身のPACは、2004年のデビュー以降、国境を越えてマット界に多大な影響を与えたコンプリート・ファイターであった。

とくに日本のファンにとっては、2007年から参戦したドラゴンゲートでの躍動が記憶に刻まれている。

常連外国人選手として確固たる地位を築き、2018年12.4後楽園ホール大会では吉野正人を下して最高峰のオープン・ザ・ドリームゲート王座も戴冠した。

新日本プロレスのリングにおいても確かな足跡を残している。

2012年5月の『BEST OF THE SUPER Jr. XIX』にはドラゴンゲート所属として初出場を果たし、初陣ながらベスト4へ進出する快挙を成し遂げた。

また、今年6月29日に米サンノゼで開催された合同興行『AEW x NJPW: Forbidden Door』では、海野翔太が保持していたIWGP GLOBALヘビー級王座に挑戦。

世界トップクラスのハイフライヤーとしての健在ぶりを日本のファンに見せつけたばかりであった。

米国メジャーマットでの実績も申し分ない。

2012年9月からはWWEと契約を結び、NXTを経て2015年3月からは「ネヴィル」の名でRAWへ昇格。

WWEクルーザー級王座を保持するなど、本場のファンを熱狂させた。2019年からはAEWへ合流し、初代オールアトランティック王座(現インターナショナル王座)を獲得。

2024年以降はジョン・モクスリーらと共に「ブラックプール・コンバット・クラブ(のちのデスライダーズ)」のメンバーとして猛威を振るっていた。

高い跳躍力から繰り出される芸術的な空中殺法のみならず、重く鋭い打撃や精緻なグラウンド技術も併せ持っていたPAC。

世界を股にかけ、数々の名勝負を紡いだ稀代のレスラーの功績は、これからも色褪せることなくプロレス史に語り継がれていくであろう。

◆プロレスTODAY(LINEで友達追加)
友だち追加