【編集長コラム】「ネオ中邑真輔に期待」

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中邑真輔のWWE王座奪取が期待されていた4・8「レッスルマニア34」(ニューオーリンズ)。残念ながら中邑は王者・AJスタイルズに敗れた。

 

現地を訪れた多くの日本人や、日本でその時を待っていたファンは悲鳴を上げたが、本当の衝撃はその後だった。

 

何と、中邑がAJの股間を攻撃。WWE入り以来、守っていたスタイルを自らかなぐり捨て、悪党に転身したのだ。

 

新日本プロレス時代、CHAOS入りした当初、外国人選手と共に悪辣攻撃を繰り出していたが、中邑自身、久しぶりの悪党ファイトだろう。

 

世界のひのき舞台WWEで、悪党ファイターとして生まれ変わる…。

 

「凶悪外国人、大挙来襲!」。

 

かつて、ポスターや宣伝カーでのこの文言に、どれだけ心躍ったことだろう。

 

今では規制が厳しくなり、見かけることは、ほとんど無くなったが、昭和の時代には、大会開催が迫ってくると、盛んに目にしたものだ。

 

大人も子供も「凶悪な外国人レスラーがたくさん来るんだ…。これは日本人レスラーを応援しなくちゃ!」と、拳を握りしめていた。

 

宣伝カーのテープを自ら録音していたプロモーターは「いろいろな宣伝文句があるけど『良いお席はお早目に!』はもちろん『凶悪外国人、大挙来襲!』は絶対、外せない。これを入れるか、入れないかでは、前売りが違って来る。悪いのがいるから猪木や坂口が映えるんだから」と力説していた。

 

実際、この方は「狂虎」タイガー・ジェット・シンの誕生会を開くなど「悪党」シンを本当に大事にしていた。

 

力道山の時代から「日本人VS外国人」の図式が続いたが、日本人レスラーでも悪党がいた。

 

その筆頭は故・上田馬之助さんだろう。

 

髪を、当時は珍しかった金髪に染め「インドの狂虎」シンと組み、大暴れ。日本マットを血に染め、恐れられた。

 

昭和の時代は長期シリーズが多く地方巡業も長く、3週間以上、帰京できないこともしばしば。

 

「場所によっては美容院に金髪の染粉がなくて、新たに染められない。いつの間にか、黒い髪が出て来ちゃうんだよ」と、馬之助さんはこぼしていたが、逆手に取って「金髪のまだら狼」となったのだから、何が幸いするか、わからない。

 

「親戚からやめてとか、縁を切るとか、言われて散々だけど、俺は生涯このスタイルでいく」と、胸を張っていた馬之助さんは、宣言通りのレスラー人生を貫いた。

 

ただ、お酒を飲むと「外国人バスで移動して、外国人と同じ宿舎だから、ビジネスホテルなんだよな。俺も、日本人選手と同じ温泉旅館に泊まって、みんなで浴衣で宴会したいよ」と、淋しそうにしていた。そのうっぷんを晴らすように、さらに大暴れしていた。

 

かつて海外での日本レスラーのスタイルと言えば、ハッピに下駄履き、中途半端な丈のロングタイツという「田吾作スタイル」が主流だった。

 

それに鉢巻き、口ヒゲ、日の丸がプラスされることもあり「ヤマハ!」「スズキ!」「ホンダ!「トヨタ!」など経済摩擦を刺激するようなメーカー名を叫んで、アメリカ人ファンの神経を逆なでしたりもした。

 

「ヤマハ・ブラザーズ」として典型的な日本人悪党ファイターだった故・山本小鉄さんは、あまりに嫌われ「床屋に行っても散髪を拒否されたから、坊主にした」と、振り返っていた。

 

過激なファンに銃を突きつけられたり、メキシコでは生卵や汚物を袋に入れたものが飛んで来たりもしたという。

 

「まあ、嫌われてナンボだったから、大成功だよね」と、小鉄さんは豪快に笑い飛ばしていたが、さぞや怖い思いもしただろうし、それを乗り越えて度胸がついたことだろう。

 

その後、ザ・グレート・カブキがペイントに毒霧という、新たなスタイルを確立させ「東洋の神秘」と恐れられた。

 

「カブキの息子」との触れ込みのグレート・ムタやTAJIRIなどへ、そのテイストは今でも受け継がれている。

 

次なる「日本人悪党スタイル」は? 「2018年のジャパニーズ・デビル」を中邑が開拓するのだろうか?

 

かつて「選ばれし神の子」だった中邑が「選ばれし悪魔の子」になるのか?

 

芸術性の高い中邑。どんな新時代の悪党が出現するのか、楽しみで仕方がない。

 

柴田惣一 (プロレスTODAY編集長)

「プロレスTODAY編集長」であり「プロレス解説者」。
〝千のネクタイを持つ男”の異名もあり。
テレビ朝日「ワールドプロレスリング」、サムライTVでプロレス中継の解説。
今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!

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