【俺達のプロレス名勝負列伝・第5回】名古屋胎動(金丸義信VSフベントゥ・ゲレーラ 2001.6.24ノア)

新旧洋邦・数々のプロレス名勝負を独自視点で取り上げていく連載「俺達のプロレス名勝負列伝」。第5回は2001年6月24日プロレスリング・ノア愛知県体育館大会で行われた金丸義信VSフベントゥ・ゲレーラの初代GHCジュニアヘビー級王座決定トーナメント決勝戦です。

2000年8月に三沢光晴選手を中心とした元全日本プロレスのメンバーで旗揚げしたプロレスリング・ノアは翌2001年から団体の至宝としてGHC(グローバル・オナード・クラウン/地球規模の崇高なる王位)を設立します。3月~4月にヘビー級王座トーナメントを開催し、三沢選手が初代王者となりました。その次の6月シリーズに開催したのが初代GHCジュニアヘビー級王座決定トーナメントです。

全日本プロレス時代にジュニアヘビー級を主戦場としていた小川良成選手、池田大輔選手、志賀賢太郎選手がヘビー級に転向しため、優勝候補は若手ながら実力派として台頭していた”天才”丸藤正道選手と”仕事人”金丸義信選手でした。だがそこに伏兵が現れます。アメリカメジャー団体WCWでクルーザー級王座を獲得し、新日本プロレスのIWGPジュニアヘビー級王者となったフベントゥ・ゲレーラ選手(メキシコ/通称フービー)が参戦してきたことによって一気に優勝候補に浮上します。”伝説のルード”フェルサ・ゲレーラを父に持つルチャリブレのサラブレッドは得意のフービードライバー(みちのくドライバーⅡ)でトーナメントに勝ち上がっていきます。準決勝では丸藤と好勝負を展開し、なんと雪崩式フービードライバーで撃破します。

決勝戦でフービー選手は金丸選手と対戦します。ここでもフービー選手は持ち前のテクニックとメジャー譲りのオーラを爆発させます。もしここで金丸選手が敗れた場合は至宝はいきなり海外に進出してしまいます。そこで静かに燃えたのが金丸選手。そのテクニックと試合内容の安定さには定評があり、秋山準選手からお墨付きを与えられていた金丸選手。この試合で鍵を握ったのは当時フィニッシャーにしていたムーンサルト・プレスへのつなぎです。そこで金丸選手は終盤に垂直落下式ブレーンバスターを炸裂させます。これが効果を呼び、垂直落下式ブレーンバスターからムーンサルト・プレスでフービー選手から3カウントを奪い、金丸選手は初代GHCジュニアヘビー級王者となりました。高水準の試合内容を誇るノアジュニアの歴史は名古屋から胎動しました。

金丸選手はその後、ノアジュニアの守護神として何度もGHCジュニア王座を獲得し、ノアジュニアを支えてきました。現在は鈴木軍のメンバーとして新日本プロレスに参戦しています。そのテクニックはいまだに健在です。一方のフービー選手はノアの常連外国人レスラーとなりましたが、一度も王座戴冠することはありませんでした。

 

 

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