【俺達のプロレス名勝負列伝・第7回】武道館感動絵巻(スタン・ハンセンVS川田利明 1992.6.5全日本)

プロレスTODAYをご覧の皆様、お久しぶりです。ジャスト日本です。7月は初のトークイベントの準備等に専念させていただきましたので、こちらのコラム更新を休止させていただいておりました。今日から連載を再開します。今後ともよろしくお願いいたします。

新旧洋邦・数々のプロレス名勝負を独自視点で取り上げていく連載「俺達のプロレス名勝負列伝」。第7回は1992年6月5日全日本プロレス・横浜文化体育館大会で行われたスタン・ハンセンVS川田利明の三冠ヘビー級選手権試合です。

王者ハンセン選手は二度目の防衛戦で、挑戦者の川田選手は1991年10月のジャンボ鶴田戦以来の二度目の挑戦となったこの試合は1992年の東スポプロレス大賞・年間最高試合に選出されました。

ここで注目すべきなのは挑戦者の川田選手です。実は二年前の6月札幌大会でハンセン選手と初のシングルマッチで対戦し、僅か5分で敗退し、試合後に「外国人選手と試合をしたくない。燃えられない」と発言した過去がありました。

あれから二年。川田選手は同年4月のチャンピオン・カーニバルでハンセン選手と久しぶりにシングルマッチで再会。そこで川田選手はハンセン選手と真っ向勝負を挑み、あと一歩まで追い込みました。当時の週刊プロレスの試合レポートには「かつてここまでハンセンを蹴った男がいたのか?」という文字が躍りました。

4月の一騎打ちが評価され、武道館で三冠王座を賭けて闘うことになった二人。試合は壮絶になりました。川田選手はハンセン選手が得意にするブルファイトの土俵に乗り、とことんキックやエルボー、張り手といった打撃で立ち向かい、終盤には得意技ストレッチ・プラムで追い込みました。

しかし、強烈な攻撃力とタフさを誇るのが”不沈艦”ハンセン選手。川田選手の攻撃を受け止めた上で、投げっ放しパワーボム、ドロックキック2連発、フットボールタックルといった破壊力溢れる攻撃で川田選手の体力ゲージを消費させ、最後はショートレンジのウエスタン・ラリアットを炸裂させ、川田選手を破りました。

見事に玉砕した川田選手。その雄姿に武道館は終始「川田」コールに包まれていました。だがドラマは試合後の控室で起こりました。ハンセン選手は控室でインタビューに答えていました。そこに現れたのは玉砕した川田選手でした。フラフラになり、這いつくばりながらハンセン選手に「サンキュー、スタン」と呟きながら拍手を求めてきたのです。握手をした直後に廊下に崩れた川田選手にハンセン選手は三冠王座の一本をそっと肩にかけたのでした。これこそ敗者に対する最大限の敬意を表したのです。

テレビカメラにも収められていない場所で、感動絵巻は鮮やかに描かれたのでした。

ジャスト 日本

プロレス考察家/プロレスブロガー
1980年5月11日福岡県出身(和歌山県在住)。
1992年にテレビ放映されていた「ワールドプロレスリング」で新日本vs誠心会館の異種格闘技戦を見て、リングから放たれた圧倒的熱量に魅了され、プロレスファンとなる。
新日本、全日本、UWF系、インディー団体、アメリカンプロレス、ルチャ・リブレとありとあらゆるスタイルに触れることで、プロレスというジャンルとプロレスラーという生き方に深く興味を持つ。
現在アメブロで「ジャスト日本のプロレス考察日誌」を更新中。 2017年9月に初の著書・電子書籍「俺達が愛するプロレスラー劇場 Vol.1」が発売。
著書 俺達が愛するプロレスラー劇場 Vol.1(ごきげんビジネス出版)
俺達が愛するプロレスラー劇場 Vol.2(ごきげんビジネス出版)

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