『プロレス秘史1972-1999』<小佐野景浩氏インタビュー①>BI砲、俺たちの時代、三銃士&四天王時代について熱血プロレスティーチャーが大いに語る!

–本当にすごい時代だなって思いますよね。今振り返るとああいういろんな時代があって、へこんでまた再興しているという。

 

小佐野:まあ、ぶっちゃけ言えばこの区切りはこじつけっちゃあ、こじつけっていうのもあるんだけど。でもドラマとして、読むほうとしては読みやすかなと。

 

–わたしはスッと入って行けました。

 

小佐野:そうなってくれるとありがたいですけど。

 

【各章ごとの見所】

 

◆第1部   馬場・猪木の時代からタイガーマスク誕生まで

 

–わたしは第一部の馬場猪木さんの時代からタイガーマスク誕生までのストーリーがぐっとプロレスにどっぷりはまった時代だったので。

 

小佐野:やっぱ章立てをしなくてはいけないというときに、難しいんですよ。馬場と猪木のBI対立時代からぐっと始まるのはいいんだけど、どこで区切るかというときにふつうに考えたらジャンボだったり藤波だったり、長州、天龍だろうなと思ったけれど本当に時代に風穴をあけたのはタイガーマスクだったんですよね。あの82年のプロレス大賞。それまで馬場猪木しか取ったことがないプロレス大賞をタイガーマスクがとっちゃったという。やっぱりタイガーマスクの誕生が、あそこでファン層も広がったし、あそこからプロレスを観た人って多いとおもうんですよね。

 

–そうですね。わたしちょうどド真ん中の世代だったので。

 

小佐野:そこに入った人達がそのままプロレスを見続けるか、格闘技系に走るかでしたもんね。そこで間口がひろがったというかタイガーマスクの功績はすごいと思いますね。タイガーマスクが出てきて、まあそこにずっといたのが『俺たちの時代』の人達ですよね。

 

–ゴングで言うと『格闘頂点(鶴藤長天)』(ジャンボ鶴田、藤波辰爾、長州力、天龍源一郎)という(笑)。対談企画があったりと、いつもワクワクしてみていました。

 

小佐野:そうですね(笑)。あのキャンペーンは、僕は結構渦中にいて。結局あのときジャパンプロレスが全日本に来て。僕は全日本の担当だったので。『鶴藤長天』のうちの『藤』以外が全部担当だったんです。

 

–そうだったんですね。でもいつか交わるんだろうなとずっと心待ちにしてましたし、ゴングでも誌面を通じてかなりエールを送っていましたよね。

 

小佐野:そうですね。でも本当にやりたかったんですよ。本を売るためじゃなくて、本当に4選手の対戦を実現させたくて。だから毎週、鶴田、長州、天龍のところに行って話をして。でも実は水面下で長州さんが新日本に戻る話が進んでいたという。すごい偶然です。だから長州さん驚いたと思うんですよね、こいつ知ってんのかなと。

 

–そのへんって団体側も選手側も疑心暗鬼というか、どこまで知ってんのかってなりますよね。

 

小佐野:だから天龍さんからは「結局、長州選手と藤波選手がやりたいってことなんでしょ。その2人がやりたいんでしょ」って結構読んでましたもんね。で、そういう時代にはいったという。

 

 

◆第2部   「俺たちの時代」とUWFブーム

 

-そして第二部というのが、UWFブームというのが、突発的に発生したというか。

 

小佐野:結局『鶴藤長天』とUWFの闘いでもあった時代ですよね。こっちでプロレスをやって、こっちで既成のプロレスと違うことをやるというね。

 

–プラチナペーパー化してた時代というのもすごかったですよね。

 

小佐野:何分で売り切れたっていう戦略をUWFはやってましたもんね。UWFのチケット神話っていうのは、やっぱり相乗効果もあったと思いますけど、新しいプロレスを打ち出したという側面がその時代のプロレスファンをつかんだのかなと思います。
本当に時代が、その前の「BI時代」は馬場さんのアメリカンプロレスと猪木さんのストロングスタイルの2つだったのが今度UWFという新しいものが出てきて、さらに細分化されて、価値観が多様化していくという時代でしたからね。
不透明決着やフェンスアウトでモヤモヤしてた時代に完全決着を謳ったり、だいぶ変わってきたりですとか。

 

–FMWがその陰では生まれてきたという。

 

小佐野:そうですね、今後出てくるという。あと日本人対決が主流になっていったというのも大きいですよね。今までは日本人対外国人というプロレスが日本のプロレスの在り方だったのが、この時代それで変わっていってますからね。

 

–そしてこの時代の全日本プロレスは外国人選手は豊富でしたね。いい外国人選手がたくさんいて、また外国人選手側からしても「日本帰りは出世する」なんて言われていましたよね。

 

小佐野:ただまあ外国人選手を使うのは難しかったみたいですよ。結局馬場さんもその限界を感じたから、ジャパンプロレスを取り入れたので。大きかったのはWWFですよね、システムを変えて選手を抱えて、選手を呼べなくしたので。まあ日本人対決にシフトしていったという感じですよね。

 

–そういう背景もあったんですね。しかし日本人選手同士は感情移入がしやすかったですよね。

 

小佐野:そうですね。選手同士の人間関係だったり思惑だったりが絡んでくるから人間ドラマになってくるじゃないですか。人対人ですよね。リング上の優劣じゃなくて、人生観とかそういうこととか入ってきちゃうから(笑)

 

–プロレスラー独特の価値観やイデオロギー対決みたいな。あとはUWFでいうと前田さん達が新日本に戻ってきた時に妥協のない蹴りだとか攻撃が本当にすごかったですよね。

 

小佐野:結局あの時もお互い疑心暗鬼で戦ってたわけじゃないですか。こいつ踏み越えてきちゃうんじゃないかとか、そこらへん分からないじゃないですか。そこの緊張感もまたあるわけですよね。

 

–今でもあの頃の藤波さんと前田さんの試合とか見ると、すごいなと思いますよね。

 

小佐野:あとすごいのは、坂口さんと前田さんの試合ですね。もろ感情出てますからね。坂口さん、感情出る方なので。

 

–そうですね、前田さんとブロディのシングルが消滅したときの坂口さんとのシングルもすごかったですもんね。

 

小佐野:あれは面白かったですね。

 

–マスコミ視点で面白いと感じるのは、ファンもワクワクする試合ですよね。

 

小佐野:ファンもマスコミも見て楽しければいいわけですから。一番見たいのは、やっちゃヤバそうな2人をぶつける試合だと思いますよ。要は当人としてはやりたくないという試合が一番面白いはずなんですよ。ただ成立するかしないかは別問題ですけどね。

 

–成立しないときの焦燥感というのはすごいですよね。長州力さんと橋本さんの東京ドームでやってドラゴンストップがかかったときなんて(笑)

 

小佐野:だから外国人でいうと例えば、マスカラス兄弟対ハンセン&ブロディの最強タッグとかも試合としては成立しなかったんだけれども、成立しなさが面白かったっていう。うわぁマスカラスとブロディ、我が強いわーっていう。馬場さんが頭抱えたっていうね。でもう当てるべきじゃないなっていう。

 

–マスカラスさんはちょっと前のドラディションのときに藤波さんが試合後のインタビュー席に帰ってくるのが遅かったから怒って先に帰っちゃったっていう。

 

小佐野:帰っちゃいましたね(笑)。でも昔はやっぱり我の強い選手が多かったんで、そういうとこも面白かったですよね。今の選手はなんだろう、いい試合をしようという意識が強いじゃないですか。昔の選手はそういうこと考えてなくて、自分が強ければいいみたいなところもあったじゃないですか。だから職業としては今の選手の方が絶対正しいんですよ。お客さんに見せるんだからいい試合をしなくてはいけないと。でも昔はその我の強いところを楽しんでたところがあって、でも外れるとひどい試合になっちゃうんですけど(笑)。

 

–そういう時代のプロレスもこの本では非常に語られてますよね。

 

小佐野:だから外れた試合も入ってますよね(笑)
そういう意味ではね。成立していない試合もやっぱそういう試合もその時代の空気ですから。

 

⇒次ページへ続く(第3部   天龍・大仁田に続いた三銃士と四天王の躍動)

 

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