なつぽい&安納サオリの10周年は、女子プロレスのトレンドが生まれた日から10年

「写真提供:スターダム」
デビューを果たすと、安納は3戦目の15年10月、なつぽいは7戦目の16年2月に他団体に参戦する。それがスターダムだった。なつぽいの初他団体は、初めて安納と同じコーナーに立つ試合でもあった。そして2人は参戦時期をずらしながらもスターダムのリングに上がった。ここで初めてプロレス界のしきたりやプロレス本来の厳しさを知ると同時に、2人に高い期待が寄せられていたのも事実。安納は16年3月からチャレンジマッチ5番勝負が組まれ、シンデレラ・トーナメントにもエントリー。なつぽいは16年の5★STAR GPに参戦した。なつぽいは16年10月、安納は17年1月までセミレギュラー的にスターダムのリングでプロレスをおぼえていったのである。

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異業界からの参入だからこそ、プロレスをより知ることはもちろん、プロレスラーとして認められるためにも他団体選手との対戦は当時の彼女たちにとっては必須でもあった。なつぽいとSareeeの対戦が持ち上がったとき、待ったをかけたのが大ベテランの伊藤薫。「受け身を取れないような子にウチの選手とはあてられない」と、伊藤道場で練習することを実現の条件とした。そこでなつぽいは全女仕込みのプロレスを叩き込まれ、Sareeeとの友情も芽生えた。アクトレス本体では堀田祐美子がプレイングマネジャーとして女優兼レスラーをプロレスラーに仕立て、アクトレスガールズへの偏見を取りのぞく作業に多大な貢献を果たしたのだった。
プロレスを知れば知るほど、外で闘ってみたくなるものということなのだろう。なつぽいは19年1月から東京女子に参戦。アクトレスのツートップが別々の道を歩み始めることとなり、安納は同年いっぱいで退団しフリー転向、OZアカデミーやアイスリボンを中心にさまざまな団体で実績を作っていく。そしてなつぽいは、20年10月から戦場をスターダムに移し、こちらも実績を積み上げていったのだ。

「写真提供:スターダム」
そして23年4月、安納がスターダムにやってくる。これは、なつぽいにとっては寝耳に水の出来事。複雑な感情が渦を巻いていた。
「来るな来るなと思ってたところ、とうとう来てしまったかという気持ちでした。お互いだと思うんですけど、ホントに負けたくない存在になっていて、空白の5年間がよりその気持ちを膨らませてしまっていたんですね。サオリが雑誌の表紙になったら、クソ!と悔しかったし、私がなったらどうだ見たか!と思ってました。相手の顔が目に浮かんでましたね。そんななかで私の方が先にスターダムに来て、サオリに負けないものを積み重ねていったつもりなんです。でも、ここでサオリが来たら、また抜かれてしまうんじゃないかという恐怖心があって。たぶん、自分にまだ自信がなかったんだと思います」














