キャリア3年目のターニングポイントを迎えた凍雅 東京女子にはいないタイプの東京女子

しかし、3カ月の差は大きい。彼女には先発組との差を埋めるため、別の練習メニューも用意された。それはほとんどマンツーマンの集中トレーニングで、時間外でも必死に食らいついていったのである。
「自分、運動経験がなくて…。しかも3カ月かけてやるものを1カ月でやるくらい、ハードに追い込まれました。でもスポーツじたいは好きなので、最初はできなくて全然ダメでしたけど、練習していくうちにできるようになっていくのが楽しかったです」

そのかいあって、23年3・6新宿FACEでデビュー。同期は、HIMAWARIと上原が1・4後楽園、鈴木が凍雅と同日の3・6新宿、風城と大久保が3・18大田区でデビューを果たしており、23年組全員がリングに上がる夢をかなえた。そして、リングネームは「凍雅」と、自分で決めた。
「単純にカッコいいと思って(笑)。私はゲームやアニメが好きなんですけど、ゲームキャラっぽい名前でもあるし、本名に少しもじったりして、凍雅にしました」
そして、デビュー戦のカードは「山下実優vs凍雅」。東京女子のエースとの対戦だ。あせりまくったのも無理はない。
「代表の甲田(哲也)さんに呼ばれたんです。デビュー戦が決まったからって。そのとき、『対戦相手をいま知りたいか?』、それとも『デビュー発表のリングで聞きたいか?』と言われたんです。私はそのとき前説もあったので、何か言わないといけない。それもあって、事前に聞いておこうと思いました。それで山下さんと教えてもらって…驚きましたね。しかもそのとき(プリンセス・オブ・プリンセス王座の)ベルトも持ってたので、無理無理って。でも、イヤとは言えなくて…。リングで聞いたとしたら、ヤバかったです。それで実際に試合をして、やっぱり山下さんは怖かったです。メチャメチャずっと睨まれてる感じでしたね。獣に睨まれているようで、どうしよう、どうしようって。でも、やるしかないじゃないですか。試合が終わったときは悔しさとかじゃなくて、終わったあ…みたいな。なんだか、あっという間でしたね」

写真提供:東京女子プロレス
山下とのシングルは期待の表れでもあるのだろう。これを起点に凍雅は東京女子のメンバーとして闘っていくのだが、しばらくは迷いの時期が続くことになる。技術を磨きながら自分の個性をいかに出していけばいいのか。レスラーとしての壁にぶつかったのである。
「試合をしていきながら、徐々に同期に対する悔しさとかライバル心が大きくなっていきました。先輩に対する気持ちも変わっていきましたね。いま負けるのは仕方ないとしても、経験を重ねていけば勝てると思われる試合をしたいと思うようになっていったんです。ただ、その伝え方がよくわからなかったです。自分はクール系だからなのか、感情を出すのが苦手というか表情が伝わりにくい。試合の盛り上げ方もわからない。でも、カッコいい系で通していくうちに、しだいに支持してくれる人も増えてきて、徐々にやりたいことを出していけるようになってきたと思います。やっぱり東京女子って、きれいでかわいいとか、メルヘンチックな“ザ・女の子”っていう子が多いじゃないですか。私なんか全然そういうタイプじゃないから、東京女子にはいないようなレスラーになろうと思って」














