【新日本】さらば“100年に一人の逸材”! 棚橋弘至、オカダ・カズチカと魂のラストマッチ「出来すぎのプロレス人生でした」
新日本プロレスは1月4日(日)、東京・東京ドームにて年間最大のビッグイベント『サンセイアールアンドディ presents WRESTLE KINGDOM 20 in 東京ドーム 棚橋弘至引退』を開催した。
1999年のデビュー以来、長きにわたり“エース”として団体を牽引してきた棚橋弘至が、26年間の現役生活に別れを告げるラストマッチ。
対戦相手には、かつて幾多の名勝負を繰り広げ、現在はAEWで活躍するオカダ・カズチカが指名された。
超満員となる4万6913人の観衆が詰めかけ、一時代の終焉を見届けた。

試合開始のゴングと共に、ドームは割れんばかりの「棚橋」コールに包まれた。
序盤、棚橋は基本的なレスリングの攻防で優位に立つが、オカダも容赦ない攻撃で応戦する。
場外鉄柵へのDDTや、チンロックでの絞め上げなど、引退試合という感傷を断ち切るような厳しい攻めで棚橋を追い込んだ。

しかし、棚橋も不屈の闘志で立ち向かう。
トップロープを利用した逆上がりでのリングインからドラゴンスクリューを見舞うと、得意のテキサスクローバーホールドでオカダを捕獲。
さらにコーナー最上段からボディアタック式のハイフライフローを場外へ投下するなど、全盛期を彷彿とさせる躍動を見せた。

試合中盤、オカダはレインメーカーポーズではなく中指を突き立てる挑発を見せ、花道上でのツームストンパイルドライバーという非情な攻撃を敢行。
大ダメージを負いリングアウト寸前で生還した棚橋に対し、オカダは攻撃の手を緩めない。

だが、棚橋はここで盟友たちの魂を呼び起こすかのような闘いを見せた。
スリーパーホールドで動きを止めると、柴田勝頼の得意技であるPK、さらには中邑真輔のようにたぎってからのボマイェを炸裂させる。
かつての新日本プロレスを共に支え、しのぎを削ったライバルたちの技を繰り出す棚橋の姿に、観客のボルテージは最高潮に達した。

終盤、棚橋はカウンタースリングブレイドからドラゴンスープレックスホールド、そして背中へのハイフライフローと畳み掛ける。
正調のハイフライフローこそオカダの膝剣山に阻まれたものの、エルボーの打ち合いでは一歩も引かず渡り合った。

勝負を決したのは、やはりオカダのレインメーカーであった。
変型エメラルドフロウジョンから放たれた一撃を棚橋は驚異的な粘りでキックアウトしたが、オカダはボディスラムからダイビングエルボーを投下。
最後はレインメーカーポーズから正調のレインメーカーを完璧に決め、棚橋から3カウントを奪った。

試合後、リング上では引退セレモニーが行われ、藤波辰爾や武藤敬司らレジェンドに加え、柴田勝頼や内藤哲也もサプライズで登場した。

柴田からは「『同じ時代に競い合えてよかったです』って僕が言ったんですね。柴田さんは『俺はもうちょっと頑張るから』って。『頑張ってください』と」という言葉がかけられたことが明かされた。

また、最後に現れた内藤に対し、棚橋は「『新日本プロレスの門は、扉は開けておくから』って言っときましたね。あとは彼次第ですね。というのも、やはり今の新日本プロレスの現行の選手とやらずに出ていくのはズリいなと思ってね」と、社長としての顔ものぞかせた。

バックステージで棚橋は、晴れやかな表情で自身のキャリアを振り返った。「なりたくて、なりたくて、なりたくてね。3回目で新日本プロレスの入門テストに受かって、26年間いろんなことがありました。で、生きのいい若手になって、IWGP U-30があってね。いいことも悪いこともあって。ブーイングもあったけども、たくさんの方にプロレスを見てもらう、楽しんでもらうっていうものを僕なりに作り出すことができて、そしてこうして最高の舞台でレスラー生活の幕を閉じることができました。出来すぎのプロレス人生でした」と総括。
オカダとの再戦については「2012年からのレインメーカー・ショックからの闘いの中で、『レベルが違う』って言ってましたけども、本当にアイツはレベルが違うんですよ。今日もね、必死に食らいついていったんですけど。ただ僕が負けて黙ってる新日本のレスラーはいないと思うんで、これからオカダを誰が倒すのか、注目していきます」と、次世代への期待を寄せた。
また、セミファイナルで行われたKONOSUKE TAKESHITAと辻陽太のIWGP世界ヘビー級選手権試合については「もうちょっと異次元ですね。身体能力も含めて、技術とかね、受身とかっていうものは道場で身につけるんですけど、それ以前に彼らが生まれながらにして持ってる能力。ちょっと凄いとこまでプロレスが行くっていうね、感想というか、思ってしまいましたね」と、新時代のプロレスに驚嘆していた。

そして、最後の質問として「疲れましたか?」と問われると、棚橋は笑顔で本音を叫んだ。「これね、あの、今言っとかないと、一生言えないと思うんで言います。(※大きな声で)アァ、アァ、疲れた!2012年から14年間、疲れたって言ってなかったんで、14年分の『疲れた』を僕ストックしてますんで。ハァ、疲れた。ありがとうございます」

「疲れた」という言葉に拍手が送られる中、棚橋は「これからは社長として、新日本プロレスの選手たちにはもっともっと気合いを入れて頑張ってもらって、今以上の新日本プロレスに大きくしていくことが、これからの僕の夢に変わりました」と宣言。100年に一人の逸材は、リングシューズを脱ぎ、新日本プロレスをさらなる高みへ導くための新たな戦いへと歩み出した。
<写真提供:新日本プロレス>
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