“MLB化”するプロレス市場!日米の“決定的格差”に見るプロレスラーの矜持、ステップアップへの渇望
2026年2月。新日本プロレスのリング上から、かつて熱狂の中心にいた男たちの姿が消えた。
ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの支柱であった内藤哲也、盟友のBUSHI、闇の王となったEVIL、そしてジュニアのカリスマ・高橋ヒロム。 彼らだけではない。少し時計の針を戻せば、“レインメーカー”オカダ・カズチカ、そして“キング・オブ・ストロングスタイル”中邑真輔もまた、セルリアンブルーのマットに別れを告げ、海を渡っていった。
主力選手の相次ぐ離脱。これを「崩壊」と呼ぶ者もいる。ファンからすれば、愛した景色が次々と奪われていく喪失感は、筆舌に尽くしがたい痛みであろう。 しかし、この現象を「悲劇」としてのみ捉えるのは、あまりにも感傷的すぎないか、と。
今、プロレス界で起きていることは、野球界における「MLB(メジャーリーグ)挑戦」と何ら変わらない、プロフェッショナルとしての正当なキャリア選択なのである。
今回は新日本プロレスを襲った「主力流出」の衝撃と、その背景にある冷徹なビジネスの現実、そしてプロレスラーという生き方について語りたい。

■「ストロングスタイル」は海を越える。“MLB化”するプロレス市場
かつて日本のプロレスラーが団体を辞める時、そこには「追放」「引き抜き」「裏切り」といった、ドロドロとした人間関係や政治的な対立がつきものであった。昭和のプロレス史は、まさにその歴史でもあった。
だが、現代は違う。 中邑真輔がWWEへ旅立った時、あるいはオカダ・カズチカがAEWを選んだ時、そこに「喧嘩別れ」のような湿度はあっただろうか。そこにあったのは、いちアスリートとしての純粋な「ステップアップ」への渇望であったはずだ。

これを野球に置き換えて考えてみてほしい。 大谷翔平や山本由伸が、日本のプロ野球(NPB)を離れ、アメリカのメジャーリーグ(MLB)へと移籍する際、我々は彼らを「裏切り者」と呼んだだろうか。否、日本で圧倒的な実績を残した選手が、より高いレベル、より巨大なマーケットを求めて世界へ挑む姿を、国を挙げて応援したはずである。
今の新日本プロレスで起きていることも、本質的にはこれと同じである。 かつての中邑真輔やオカダ・カズチカ。そして内藤哲也、高橋ヒロム、EVIL。新日本プロレスという「日本のメジャーリーグ」で頂点を極め、次なる戦場、あるいは次なる人生のステージを求めて「FA宣言」をした。そう捉えるのが、最も自然であり、敬意を持った見方ではないだろうか。
プロレスラーの選手生命は短い。いつ大怪我をして、リングに立てなくなるか分からない。 その限られた時間の中で、自分の価値を最大化できる場所、まだ見ぬ刺激的な景色が見られる場所を求めるのは、表現者として、そして個人事業主として、極めて健全な欲求である。

■残酷なまでの「年俸格差」。日米のビジネス規模の違い
そして、この「流出」を加速させている最大の要因。避けては通れない現実が、日米におけるビジネス規模の決定的な違い、すなわち「マネー」の問題である。
円安の影響もあり、日本とアメリカの経済格差は広がる一方だ。 WWEやAEWといったアメリカの巨大団体は、莫大な放映権料を背景に、世界規模でビジネスを展開している。その市場規模は、日本のプロレス団体とは桁が違う。
オカダ・カズチカの移籍時に噂された年俸や、大谷翔平の契約金を見れば分かる通り、トップアスリートに対する報酬の額は、日本国内で支払える限界値を遥かに超えているのが現状である。 新日本プロレスも国内では圧倒的な規模を誇るが、世界戦略を展開する米国の巨大資本と「マネーゲーム」になれば、太刀打ちできないのは自明の理だ。

「カネのためにプロレスをしているわけではない」 そう語るレスラーもいる。その志は尊い。だが、「プロ」である以上、己の肉体の価値を金額で評価してくれる場所を選ぶことを、誰が責められようか。 家族を養い、引退後の人生を考え、そして何より「世界最高の評価」を得たいと願うこと。それは、ハングリー精神の塊であるプロレスラーにとって、原動力そのものでもある。
かつては「日本こそがプロレスの最高峰」という自負が、選手を繋ぎ止めていた時代もあった。しかし、インターネットの普及により世界中のプロレスがリアルタイムで見られる今、アメリカのリングもまた、技術・演出・エンターテインメントの全てにおいて進化し続けている。 「稼げる」上に「世界中に名が売れる」。この魅力的なオファーを前に、義理や人情だけで選手を縛り付けることは、もはや不可能な時代になったのである。

■ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン、完結の美学
今回の大量離脱において、最もファンの心を揺さぶったのは、やはり「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(L・I・J)」のメンバーの大量離脱。 内藤哲也、EVIL、BUSHI、SANADA、そして高橋ヒロム。 新日本プロレスの会場を埋め尽くしたあのTシャツの軍団は、もうリングにはいない。
しかし、これを「悲しい結末」とするのは早計だ。 L・I・Jは、制御不能な個人の集まりであった。馴れ合いを嫌い、それぞれがトップを目指す集団。だからこそ、彼らは輝いていた。 内藤哲也は、新日本プロレスで全てのベルトを巻き、東京ドームの大合唱という夢を叶えた。 高橋ヒロムは、ジュニアヘビー級の枠を破壊し、絶対王者としての時代を築いた。 EVILは、自らの手で裏切りという劇薬を投じ、ヒールの頂点を極めた。

彼らは、新日本プロレスというキャンバスに、もう描く場所がないほどに、それぞれの色を塗りたくったのである。 「やり残したことはない」。そう胸を張って言えるからこそ、彼らは旅立った。 人気絶頂のロックバンドが、音楽性の違いや新たな挑戦のために解散するように、L・I・Jもまた、最も美しい瞬間の記憶を残したまま、それぞれの道を歩み始めたのだ。
内藤哲也が団体を去ったこと。それは「新日本プロレスの内藤哲也」という物語が、完結したことを意味する。 高橋ヒロムの退団。それは「TIME BOMB」が、より大きな爆破対象を見つけたことを意味する。
彼らの選択は、新日本プロレスへの絶縁状ではない。育ててくれたリングへの感謝と、自分自身のレスラー人生に対する責任感の表れなのである。

■新たなる希望。新日本プロレスの底力
棚橋弘至が引退し、オカダ・カズチカや内藤哲也が去った新日本プロレス。 「もう終わりだ」と嘆く声も聞こえる。だが歴史を振り返ってほしい。 アントニオ猪木が去り、長州力が去り、闘魂三銃士が去り、中邑真輔が去った。 そのたびに、新日本プロレスは終わったと言われた。しかし、そのたびに、新たなスターが生まれ、時代を紡いできた。次は誰か。
今、リングのど真ん中には、辻陽太がいる。海野翔太がいる。成田蓮がいる。上村優也がいる。 大岩陵平やYuto-Ice、そして世界を知るKONOSUKE TAKESHITAやザック・セイバーJr.もいる。
すべてがリセットされたセルリアンブルーのマット。 巨大な樹木がなくなれば、今までその影に隠れていた若木に、燦々と陽の光が降り注ぐからである。 偉大な先輩たちが作った「蓋」がなくなった今、若い世代にとっては、これ以上ないチャンスの到来だ。
「俺たちが新日本プロレスだ!」 そう叫んで暴れ回る若者たちの目は、死んでいない。むしろ、危機感と野心でギラギラと輝いている。 かつて棚橋弘至が、ブーイングの中で体を張り、団体をV字回復させたように。今度は辻陽太たちが、自らの手で新しい新日本プロレスを創り上げる番なのだ。
メジャーリーグへ選手を送り出すNPBが、決して衰退していないように、新日本プロレスもまた、世界へ人材を輩出する最高峰のリングであり続けるだろう。そして、そこからまた、世界を驚かせる怪物が生まれてくる。その循環こそが、50年以上続くライオンマークの強さの源泉なのだ。

■旅立つ背中に、最大級の「アディオス」を
中邑真輔、オカダ・カズチカ、内藤哲也、EVIL、高橋ヒロム。 彼らが新日本プロレスに残した熱狂、感動、そして勇気。それは、彼らが退団したからといって、決して色褪せるものではない。
プロレスラーは、旅人である。 ひとつの場所に留まることだけが、正解ではない。 彼らが選んだ「退団」「移籍」というキャリアの選択肢。
「新日本プロレスを捨てた」のではなく「新たな世界へ打って出た」 そう考えれば、寂しさよりも、誇らしさが込み上げてくるはずだ。 日本のプロレスが育てた選手たちが、世界中で評価され、求められている。これは、日本プロレス界全体の勝利でもある。
だからこそ、湿っぽい別れは似合わない。 去りゆく彼らの背中に、罵声ではなく、感謝の言葉と、最大級の拍手を送りたい。
そして、彼らがいなくなったリングで、歯を食いしばって闘う、残された選手たちにも、変わらぬ声援を送りたい。
時代は変わる。選手も変わる。 だが、プロレスというジャンルが持つ、人間の感情を揺さぶる力は、決して変わらない。
新日本プロレスは、今、大きな曲がり角に立っている。しかし、その先には、まだ誰も見たことのない、新しい景色が広がっているはずだ。
去る者にも、残る者にも、幸あれ。














