【プレゼント企画】『開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学』『麺ジャラスK』店主/プロレスラー川田利明:著

私はラーメンが好きだ。醤油、味噌、とんこつ、塩を始め各種の味に店主のこだわりが詰まった麺や具材が載ったラーメンはそのバリュエーションと可能性、コスパの高さと国民食である点も含めて「ラーメンは宇宙だ!」とさえ考えている。今までも住んでいる最寄りの駅や仕事先、アポイントで訪れる各所の名店を調べては美味しくいただいてきた。Tokyo Ramen of the Year (TRY)や百名店なども最新情報があれば即チェックし食べに行ける店がないかを調べラーメンを食べ続けている。

そんな私が気になる一店が存在した。私の2番目の娘は生まれる際に、100万人に1人の病気が肺にあることが発覚した。地元の病院から紹介された成育医療センターという小児用の大きな病院に行き、妻は50日間に及ぶ入院をし、その後、無事出産。肺の病気を手術する為に娘が1歳になると同じ成育医療センターで手術を受けた。手術は成功し娘も入院後、無事に退院しすくすくと育っている。とはいえ予後を確認する意味もあり毎年夏に成育医療センターを訪れ、娘の診断をしてもらうのが我が家の恒例行事となっている。その成育医療センターの近くに存在するラーメン屋、それが川田利明の“麺ジャラスK”なのである。

初めて店の前を通った時から気になっていたその黄色い看板。調べてみればあの全日本プロレスの川田利明の店で間違いない。毎年、成育医療センターに行く度に行く機会を伺い、ついにある夏の日にその日は訪れた。Twitterで確認するに昼頃にお店は開く予定であるという。しかし開店時間近くになり並んでいても中々店は開かない。私が並んでいる間に他に並んでいた様子の人も引き返してしまった。また車でお店の様子を伺って開店していないことをみて諦めていってしまう人も数名いた。こちらは1年に1度のこの機会しかないと根性を決め、ジリジリと真夏の暑さの中、開店を待つ。

しばらくすると優しそうな女性が「遅れてすみません」と声をかけてくれて開店した。厨房を覗くと川田利明その人が準備をしている。間違いなく“麺ジャラスK”はあの“デンジャラスK”のお店であった。券売機の周囲や店内を見回すと「サインや写真撮影はTシャツを購入した人のみ」といった様子の注意書きが数点あり物々しい。黒を基調とした地下にある店内は落ち着いた雰囲気で夜に来ると飲みながらラーメンやおつまみを楽しめる雰囲気を感じる。あの川田利明が作ってくれるラーメンを食べられるのかとワクワクしながら「1年に1回だけ病院に訪れるので楽しみにしてきた」旨を女性店員(恐らく川田夫人であろう)に話すと優しく聞いてくれた。一方の川田は黙々とラーメンを作っている。店内にはほとんどお客がいない状況ではある者の話しかけずらい雰囲気だ。

私が選びこの日提供されたラーメンは冷製の氷入りラーメン。夏の暑さを吹き飛ばす冷たくそれでいてしっかりと味のきいた美味しいラーメンであった。「これが川田の俺の王道の味か」と感慨深く麺をすする…お店を出る際に「美味しかったです!ご馳走様でした!」と声をかけると当の川田が「ありがとうございました。またお願いします」と挨拶をしてくれた。あの四天王の一角に声をかけてもらえるだけで素直に嬉しい。ひと夏の良い思い出ができた何年も前の思い出だ。

あれからしばらくたって娘もだいぶ大きくなった。あの夏の思い出はいつまでも色あせないものだが、そんな川田がそのラーメン屋に関する本を上梓した。それが『開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学』である。

三沢光晴の1歳年下で全日本プロレスでデビューし、黄金時代を築いた90年代の四天王プロレスのど真ん中で三沢や小橋、田上らと命を削るファイトを見せつけた川田利明がなぜラーメン屋を立ち上げ、どの様にこの10年苦闘してきたのかが詰め込まれた一冊である。勿論、全日本プロレスで練習生の時代からちゃんこを作り続けたその青春時代の話も盛り込まれている。

今でこそ川田はラーメンに関するマーケティングデータについても詳しくなっているが、開店当初にそこまで詳しくなく居ぬき物件でお店を始めたことによる多くの苦闘は川田自身が「ベンツ3台をスープに溶かした…」と書いていることからも感じることができる。その様な壮絶な実体験を伝えながら川田はラーメン屋で成功するのは一握り、テレビに取り上げられるレアケースだけを夢見てラーメン屋を始めても成功は約束されない。と厳しくも言い放つ。そして川田自身の経験値を基にこれからラーメン屋を開店しようとする人には食いとどまって欲しい、もしくはこの経験を参考に成功して欲しいと呼びかける。

良くも悪くも川田自身の実直で武骨な「俺の王道」がほとばしる一書である。川田は本書の中でプロレス界の中で個性を出すために「不器用なキャラ」を演出していたと告白しているが、私自身が実際に店舗で感じた不器用さも本書を読むとなるほどと緩解する部分が多くあった。

川田自身は色々と後悔や苦しさも多々あった“麺ジャラスK”での日々だったかもしれないが、成育医療センターの近くにお店を開いてくれたことで私も店を訪問することができ、ひと夏の思い出を築くことができた。プロレスラーの飲食店は数多くあるものの、川田利明の店だからこそ感慨深く訪れる人が後を絶たないのも事実であろう。私の娘も川田の店と同じく年齢を重ね9歳になった。今や元気に走り回っている。今年の夏も麺ジャラスKの近くの成育医療センターに診察に行った。この本を読んで来年の夏は娘も連れて麺ジャラスKに行きたいと思った…

ラーメンに興味がある人、全日本プロレスや四天王プロレスを愛する人、食通のジャイアント馬場さんがたどり着いた究極の料理を知りたい人、ちゃんこ番を長く続けた川田を助けてくれた冬木弘道の優しさにふれたい人、飲食店の経営に興味がある人、脱サラを考えている人に是非読んで欲しい本書である。

今回、発売を記念してこちらの本をプロレスTODAYの読者に抽選で3名様にプレゼントさせていただきます。応募はこちら

※応募期日10月2日(水)まで(応募締切ました。沢山のご応募ありがとうございました。当選者には発送をもってご連絡します。)

※当選は商品の発送をもって変えさせて頂きます。

 

9月25日(水)発売

『開業から3年以内に8割が潰れるラーメン屋を失敗を重ねながら10年も続けてきたプロレスラーが伝える「してはいけない」逆説ビジネス学』

『麺ジャラスK』店主/プロレスラー 川田利明:著

失敗は何よりの参考書である!

脱サラをしてラーメン店を開こうとする人は後を絶たず、年間の出店数は3000を超えるというデータがあります。

それだけ競争が激しい世界で、新規オープンから3年以内潰れるお店は8割にも達し、10年続くお店はわずか1割と言われています。

本書はさまざまな失敗を重ねながら、今年(2019年)で10年目を迎えたラーメン店「麺ジャラスK」の店主であり、

プロレスラーの川田利明さんが、現役時代に購入したベンツ3台を売り払ってわかった〝俺だけの教訓〟を余すことなく披露。

成功のための「してはいけない」逆説ビジネス学を辛口で伝えます。

【目次】
第1章 「デンジャラスK」が「麺ジャラスK」に“転職”した理由
第2章 ラーメン屋は四天王プロレスばりに過酷な世界だった!
第3章 そして、俺はベンツを3台、スープに溶かした……
第4章 個人経営店の難敵!ラベリング効果と大手チェーン店の奇策
第5章 それでもラーメン屋をやりたい人に教える『俺だけの王道』
   辛口 10 箇条!

川田利明(かわだ としあき)
1963 年 12 月 8 日生まれ。栃木県下都賀郡大平町(現:栃木市)出身。高校ではレスリング部に所属し、国体優勝後の 1982年の3月に全日本プロレスに入団。同年の 10 月 4 日、冬木弘道戦でデビューを果たす。1987 年には天龍源一郎の「天龍同盟」に加入。世界最強タッグ決定リーグ戦の奮闘などで、大きな注目を集める。その後、高校時代の先輩である三沢光晴さんと「超世代軍」を結成。ジャンボ鶴田さんや、強豪外国人に果敢に闘いを挑む。〝三沢越え〟を掲げて田上明さんと結成した「聖鬼軍」ではさらに飛躍。1994 年には『94 チャンピオン・カーニバル』にて初優勝。同年、日本武道館大会にて第 12 代三冠ヘビー級王者となった。三沢光晴さん、小橋建太さん、田上明さんとの闘いは〝全日本プロレス四天王〟と呼ばれ、全国のプロレスファンを大いに興奮させた。現在、選手としてはリングから遠ざかっているが、2018 年からは自身初プロデュースとなる『Holy War』を開催。プロレス界の発展に尽力している。一方、2010 年 6 月 12 日に、ラーメンと鶏の唐揚げを看板料理として、自身のニックネームにちなんだ『麺ジャラス K』を開店。今年で 10 周年を迎えた。

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