【大山峻護 特別インタビュー】憧れのプロレスのリングへ!3/20(月・祝)DDT プロレスリングさいたまスーパーアリーナ大会でプロレスチャレンジ!!

<格闘家・大山峻護のプロレス愛 その2:プロレスファンとして>

山口:プロレスへのあこがれというところでは、レスラーに会うと緊張してしまうと聞きましたけど、これは幼少期からのプロレス愛ゆえでしょうか?

大山:ファンになっちゃいますね。どうしても。小学校のころ、前田日明さんが大好きで、会場で前田さんの後を追っかけて「サインください、サインください」って追っかけまわしたことがあったんですよ。その時はサインしてくれなかったけど、格闘家になって、前田さんと知り合って、子供のころの思いを果たそうと、一緒に食事した時にサイン色紙を持って行って、ようやくサインしてもらいました。前田さん大好きでしたね。

山口:格闘家とプロレスラーとで、相手に対する緊張感は違いますか?

大山:違いますね。

山口:幼少期の時のあこがれゆえでしょうか?

大山:子供のころ、天龍源一郎さんにサインをお願いしたら、サインはできないけど握手だけ、って言われて、震えるほど感動した覚えがあります。もう手が洗えないって。今でも覚えています。

山口:大山さんはレジェンド級のレスラー、たとえば前田さん・天龍さん・長州さん・藤波さんだと、前田派?

大山:これはですね……前田さんは好きだったなー。UWFでも衝撃でしたね。新日の殴り込みで戻ってきた時の衝撃は凄かったですね。

山口:もともと新日派だったけど、UWFが戻ってきてから一気にUWF派に?

大山:やられましたね。レガースもかっこよかったし、衝撃でしたね。

山口:圧倒してましたね。

大山:高田さんも生き生き動いて、山崎さんの蹴りのスピードとか、前田さんと藤波さんの壮絶の流血試合とか。藤波さんも技を受けまくってましたよね。

山口:プロレスは受けてナンボだけど、あそこまでできるのは藤波さんだからこそとずっと思ってて。どっちが強そうに見えるかというと、UWFのほうがそう見えますよね。悔しいけど。

大山:5対5マッチだったかな、前田さんと上田馬之助さんが対戦したとき(1986年3月26日)。上田さんの打たれ強さに驚きましたね。あのときははじめて、上田さんを応援というか、すげえな、って思いましたね。

山口:ヒールみたいな感じだったのが、本気の実力を見たというか。痛そうな顔をしないですよね。

大山:前田さん、凱旋してきて「七色スープレックス」が好きでしたね。ポール・オーンドーフをダブルアーム・スープレックスで葬ったんですよね(1983年4月21日)。あのときから好きでした。

山口:もともとファイトスタイルが好きだった、って感じでしょうか?

大山:それもですね。あとフライングニールキック。

山口:ハートも強かったですね。最初から。そこもまたよかったって感じですかね。実際に会った前田日明さん、初対面はどうでした?

大山:震えるほど感動しましたね。むしろ緊張しました。

山口:覚えてもらえるようになったのは。

大山:本当にうれしかったんですよ。子供のころに将来の夢を日記に書いていて、「いつか前田日明さんに認められる男になりたい」って書いてたんです。格闘家になって、結婚パーティーで前田さんにスピーチしてもらえる機会があって、そこで子供のころの思いが叶ったなーって。スピーチで僕のことをすごくほめてくれたんですよ。それでもう感動して。

山口:U系の方々との交流はあるんですか?

大山:先日も垣原 賢人さんとお会いしました!

山口:プロレスチャレンジについてもお話しされましたか?

大山:垣原さんからも「頑張って!」とお声がけを頂き、自分からのエールの気持ちを込めて「カッキーカッター」をどこかで出したいと思っています!

山口:好きなプロレスラーというと、日本人選手なら前田さんですか?

大山:いっぱい好きでしたよ。猪木さんも大好きだったし、タイガーマスク、もちろん長州さん、藤波さんも……

山口:どっちかというと新日派?

大山:むずかしいな(笑)どっちかっていうと新日派だったかなぁ。もちろん全日も大好きだったんですよ。ジャンボ鶴田さん、天龍源一郎さん、阿修羅・原さんとかも大好きだったし、グレート・カブキさんが出てきた時の衝撃も覚えてますよ。いきなり場内が暗くなって、鼓の音が鳴って。どっちかっていうと新日さんだったかなぁ。どっちも好きだったんですよ。

山口:(笑)両方とも好きだった、トップレスラーは軒並みハマったって感じですかね。

大山:ハマりましたね。ジャンボ鶴田さんとか、ハーリー・レイスと戦って、空中胴締め落としのシーン(1982年10月24日)も覚えてるし、あと、バックドロップホールド。あれでベルト奪取しましたね(1984年2月23日)。

山口:AWA(世界ヘビー級王座)をニック・ボックウィンクルから奪ったんですよね。

大山:凄かったですね。ブルーザー・ブロディとの流血の死闘も凄かったですね。

山口:ジャンボさんは打たれ強いしスタミナもあって、誰にも負けない、特に日本人には圧倒的に強かったですね。

大山:長州さんが全日に乗り込んだ時も衝撃でしたね。デカさもこんなにデカいんだって、打たれ強さも感動したのを覚えています。

山口:そのときはどちらを応援していましたか?

大山:確か長州さんを応援していたんじゃないかな?

山口:僕も同じです(笑) あのときは長州さんを応援する人が多かったですね。

大山:プロレススタイルが斬新でしたね。「ハイスパート・レスリング」でしたっけ、あれはすごく衝撃をもらいました。バックドロップも、あんな高さからひねって落とす人なんていなかったじゃないですか。

山口:攻めている方がジャパン軍で、どっしり受ける方が全日で、スピードは全日のほうが遅く感じた。それから、長州さんが出て行ってから、天龍革命が起こって、誰しもができないような試合をやっちゃって、すごかったですよね。
プロレスって連鎖してますよね。天龍さんがああいう試合を輪島さんや鶴田さんに仕掛けなかったら、前田さんも長州さんの顔を蹴ることはなかったって言ってて、だとしたらUWFもなかったですよね。

大山:つながっていって、そこから分裂して、リングス・藤原組・パンクラスかぁ。

山口:藤原組はSWSとつながってましたね。

大山:ああー、SWSもありましたね。

山口:あのときに企業をもうちょっと大事にしていればよかったなと思いますけどね。ちょっとずつプロレスが企業と融合するようになりましたから、これは喜ばしいことだと思いましたね。

大山:天龍さんがランディ・サベージと東京ドームで試合したのは?

山口:あれは全日の時ですね(1990年4月13日)、天龍さんがシングルで戦ってアメリカンプロレスと自分の相性の良さに気づいて、WWE(当時WWF)との対抗戦をSWSで実現したんですよね。

大山:ああ、そういう流れになるんだ。

山口:当時はすごい金額をWWEに払って、それで招聘していたんですよね。懐かしくて面白い時代でしたね。

 

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山口 義徳(プロレスTODAY総監督)
『プロレスTODAY』総監督。
その素顔は運営会社(株)リアルクロス代表取締役社長。
プロレスTODAYの企画・進行・管理を行い、会場ではカメラマンも兼務。
またプロレスとビジネスの融合を行い、会場でのクライアントとのタイアップも実施。

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