新天地で2カ月の岩谷麻優 マリーゴールドの救世主は新入社員
スターダムの旗揚げメンバーとしてデビューし、スターダムのアイコンと言われつづけてきた岩谷麻優が生まれ育ったスターダムを退団したのが、4・27横浜アリーナでIWGP女子王座から陥落した翌日のことだった。
5月1日にはスターダム創設者のロッシー小川が新たに旗揚げしたマリーゴールドへの入団が発表され、3日後の5・4後楽園ホールで高橋奈七永と再会のシングルマッチ。約29年に及ぶ現役生活にピリオドを打つ直前の奈七永に、「マリーゴールドの救世主」と言わしめたのが、スターダムの旗揚げをともにした岩谷だった。奈七永の言う通り、メシアの参戦で苦戦していた観客動員は劇的に伸びた。“女子プロレス界の人間国宝”が下りたリングを引き継ぎ、明るく照らしているようにも見える。あれから2カ月が経過したいま、岩谷の現在地は――。
「以前と比べて休みが増えたなっていう感じですね(笑)。前の団体のときは試合の合間にも撮影やら取材やら絶え間なくある感じだったんですけど、いまはプライベートと仕事のバランスがうまく取れていて、すごく充実しています」

「写真提供:マリーゴールド」
キャリア15年目にして初めて団体の移籍を経験した。リングでは13年半闘っているとはいえ、これはまったくの初体験。いまでこそ余裕さえ感じられるものの、新天地へのリングに向かうのには不安だらけだったというのが正直なところだという。
「行く前はやっぱり不安でしたよ。行かない方がいいのかなとも思ったし。動かない方が安泰だろうとも考えました。むかしの自分だったら、動かず安泰の方を選んだと思います」
ただ、そのまま残留していたとしたら自分にはいったい何があるのだろう? 今後もスターダムのアイコンとして君臨し続けることは確実だ。が、アイコンが文字通りの“象徴”でおさまってしまうのでは? これまで団体管理の全王座を獲得し、トーナメントやリーグ戦も制してきた。最後のビッグタイトルとも言えるIWGP女子王座は岩谷が価値を上げ、2年間の長期政権を築き上げた。保持しつづけていければ、さらに記録を伸ばす作業があるだろう。しかし、それを失ってしまったら…。
「新たな目標がないままアイコンと呼ばれていいのかな? そうなってしまうと、それこそ試合が仕事になってしまうと思ったんですね。プロレスは仕事ではあるけど、自分には仕事以上に大好きなものでもあるので。アイコンを言葉だけにはしたくなかったんです」

正直なところ、スターダムでは今後の自分を描きにくかった。やるべきことはすべてやったと言っていい。そしてほんとうに、決断のときがやってきた。朱里に敗れ、IWGP女子のベルトが移動。そのとき、彼女の気持ちは固まった。
「ベルト落としたらやめますという話はまだ会社とはしていませんでした。ただ、負けてしまったときにもう自分はやめてしまうんだろうなと思って、リング上でああいう仕草(スターダムのSの字ポーズ)をしたんですよね。具体的に会社と話をしたのは、その後です」

翌日にスターダム岡田太郎社長とともに退団発表会見。あらためてラストマッチが組まれることもなかったため、4・27横アリが最後の試合となってしまった。スターダムでやり残したことはない。それは本音だろう。が、しいてあるとすれば、それは向後桃とのゴッデス・オブ・スターダムタッグ王座奪取だろうか。
「ああ、べつにでも、それは(笑)。もちろん取らせてあげたかったのはあるけど、それはあくまでも自分よりもコモモのためであるので。この退団は自分のため。コモモ(向後)と(退団について)話したか? ええ、話しましたよ。コモモ泣いてたんで、まあまあと(なだめる)みたいな感じではありましたけど。まあ、コモモはいままで何年も面倒見てきたと思ってるので、あとは自分でやってくださいということで(苦笑)」















