【JBエンジェルス】山崎五紀&立野記代、40年目の真実― 伝説のタッグが語る“還暦カーニバル”と、全女時代の光と影「今になってすごく大きな財産になっている」
1980年代半ばに日本全国で爆発的な人気を博し、ダンプ松本、クレーン・ユウら〝極悪同盟〟との抗争が社会的ブームを巻き起こした伝説のペア「クラッシュ・ギャルズ」(長与千種&ライオネス飛鳥)。
同じベビーフェイス陣営にいて、国内ではクラッシュ人気の陰に隠れがちだったが、WWF(現WWE)遠征のチャンスを得て全米のプロレスファンを熱狂させ、日本人初のWWF世界女子王座に就いたのが「JBエンジェルス」こと、山崎五紀と立野記代だ。
当時の全米マットで二人が積み上げた実績こそが現在、ASUKAやイヨ・スカイら世界のトップで活躍する女子レスラーの歩む道を切り拓いたといっても過言ではないだろう。
さらに2025年。結成40周年、そして二人が揃って60歳=還暦を迎える、という奇跡的な節目に、一夜限りの『KANREKI CARNIVAL』が開催される。
なぜ今、二人は再びリングに立とうと決意したのか。全女時代の知られざる上下関係、当時のライバルたちへの本音、そして、還暦を迎える現在の心境とは。
プロレス史を語る上で欠かせない二人のレジェンドが、今、その全てを語り始めた。
山崎五紀 & 立野記代60歳〜JBエンジェルス結成40周年「KANREKI CARNIVAL」
日時:2025年12月1日(月)18:00開場 / 19:00開始
会場:東京・新宿FACE
【決定対戦カード】
▼メインイベント
橋本千紘&優宇 vs Sareee&望天セレネ
▼元全女メンバー集結!KANREKIバトルロイヤル
<出場選手> ジャガー横田、ダンプ松本、クレーン・ユウ、アジャコング、堀田祐美子、井上京子、井上貴子、伊藤薫、ZAP、山崎五紀、立野記代ほか
※他カードは後日発表。

■「ノリちゃんのプロレスがまた見たいな。パパもきっと喜ぶから」― 0%から突然の点火、還暦興行の開催へ
――本日は伝説のお二人が揃ってインタビューに応じてくださるということで感無量です。
山崎: よろしくお願いします(笑)。
立野: こちらこそ、ありがとうございます。嬉しいです。
――来る12月1日、新宿FACEにて、JBエンジェルス結成40周年、そしてお二人の還暦を記念した『KANREKI CARNIVAL』が開催されます。この記念すべき大会を開催するに至った、現在の心境を、まずは立野さんからお聞かせいただけますか。
立野: 実を言うとこの大会は、本当は“ないもの”だったんです。元々は。
――そうだったんですか!?
立野: そうなんです。去年、アメリカのサイン会に五紀と一緒に呼んでもらう機会があって。その時に五紀が「結成40周年を、日本でやりたい」って、言い出したんですよ。

――山崎さんからの発案だったのですね。
立野: でも、私は「無理だよ」って。私たち二人には、もうそんな集客力なんてないし、お客さんなんて来ないから、やめようよって言って。そしたら、彼女も「……そうだよね、私たちじゃ無理だよね」って、意外とあっさり納得してくれて(笑)。
山崎: (笑)。分かってますから、そこは。
立野: それでその話はもうすっかり無くなったものだと思ってたんです。それが今年の2月の終わりぐらいに栗原あゆみちゃんのお母様、私が昔からすごくお世話になっていた焼肉屋さん「三宝」のマスターの奥様と、食事をする機会があって。今年の1月に亡くなってしまったマスターの思い出話を奥様としていたら、ふと「ノリちゃん(立野)のプロレスがまた見たいな。パパもきっと喜ぶから」って、言われたんです。
――それは胸に響きますね。
立野: もうその一言で0%だった気持ちが、一気に100%になっちゃって。「……やっちゃう?」みたいな(笑)。そこから、もうすぐに五紀に電話して「五紀! やることにしたよ!」って。
――山崎さんはその電話を受けて、どう思われましたか? 「この間、無理だって言ったのに!?」と。
山崎: いや、もう話のストーリーを全く聞いてなかったから「何で、急にこんなことになったんだろう?」って(笑)。でも、まあやるんだったらやるしかないなと。私ももともとやりたかったわけですから。
――そこからプロレスリングwaveさんの力添えも決まり、一気に実現へと向かったわけですね。
立野: そうです。引退試合も、GAMI(WAVE代表・二上美紀子)にやってもらってるんで。「誰に頼む?」ってなったら、もうGAMIしかいないなと。

■「これが60歳か」― 体がついてこない、還暦のコンディション作り
――開催まであと半月ほどに迫ってきました。山崎さん、現在のコンディション、そして大会を迎える心境はいかがですか。
山崎: もうドキドキしてます。嘘じゃなくて(笑)。本当に時間がなくて。いざ練習を始めてみたら、まあ体がついていかない。これが60歳かっていうぐらい(笑)。
――立野さんはいかがですか?
立野: 同じです。お互い普段は全く別の仕事を持っていますから。その合間を縫って、体を作らないといけないんですけど、ちょっと練習したら、もう「休憩しようか」って(笑)。休憩時間が、どんどん長くなってきちゃって。
――(笑)。日常の仕事とプロレスラーとしての体作りの両立は、本当に大変だと思います。
山崎: 今までも何度かこうしてリングに上がる機会はあったんですけど、その時はまだ時間に余裕があって、練習に時間を費やせていたんです。だから気持ちもちゃんと「リングに上がるぞ」っていうモードになっていた。でも今回は仕事仲間に「練習しなくて大丈夫ですか?」なんて心配されながら、いざ動こうとすると膝が痛くなったり、腰が痛くなったり……。もう治療院に通う時間ばっかりで(笑)。あっという間に時間が過ぎていきましたね。
――それでも、「ファンが待っている」と思うと、プレッシャーにもなりますか?
立野: うーん、ファンが待ってるというよりは、もう私たちがやりたいだけなんですよ(笑)。
――(笑)。そのマインド、最高です。
山崎: もちろん来ていただかないと、困るんですよ!? 興行として、赤字になっちゃうと、いろんな人に迷惑をかけてしまうので。でもまずは自分たちが楽しまないと、お客さんも絶対に楽しめないと思うんです。
――その開催にあたって、やはりお二人の人望、そして築き上げてきた歴史が、大きく作用していると感じます。
立野: そうなんですかね。でも、本当に不思議とみんなが「ノリがやるなら、手伝うよ」って、協力してくれて。そこは本当にスムーズに進んだんです。
――当時の全日本女子プロレスといえば、鬼のように厳しい上下関係があったと伺っていますが、時を経て、そうした絆が、また違った形で表れているのですね。
山崎: そうですね。私たちの世代って本当にもうバリバリに厳しい世界の真っ只中でしたけど、なぜか先輩ともよく遊んでましたしね。まとまっていたというか。派閥的なそういうものも、よく聞けばあるかもしれないけど。
立野:全く無かったわけじゃないけどね(笑)。
山崎: でも結果的に同じ釜の飯を食って、同じ時代を過ごしてきたっていうのが、今になってすごく大きな財産になっているんだなって感じますね。














