「3歳」「武藤敬司」「父の団体入団直訴」そして、「hotシュシュ初進出」。しのせ愛梨紗の後楽園ホール物語

【WEEKEND女子プロレス♯104】

 3歳でプロレスの聖地、後楽園ホールのリングに上がった女の子がいた。彼女は武藤敬司の「プロレスLOVEポーズ」を披露し、大喝さいを浴びた。プロレスファンの父は、彼女が7歳のときに念願のプロレスラーデビュー。そしてその子も、17歳でプロレスラーになった。彼女の名前は、しのせ愛梨紗。37歳での遅咲きデビューをリングネームのモチーフにした篠瀬三十七(みとしち)の娘は現在、父の団体である飛鳥プロレスと、アイスリボンから派生したhotシュシュのダブル所属で奮闘中だ。

「親から聞いた話によると、お母さんのおなかの中にいる頃からプロレスを見ていたらしいです。自分がおぼえているところでは、新日本全日本がもっとも古い記憶ですね。自分ではあまりおぼえていないんですけど、家で武藤さんのモノマネをよくしていたらしくて、それでお父さんが応募したんですよ。当時は子どもだったので特に緊張もなく、リングに上がったみたいです」

 全日本の2008年6・10「武藤祭」に参加し、プロレスLOVEポーズ一発で合格、12名のエントリーから観客の拍手によって「武藤敬司コンテスト」に優勝した。

 そして7歳のとき、一緒にプロレスを見ていた父がSMASHの練習生を経てWNCでデビュー。プロレスラー篠瀬三十七を彼女はどう見ていたのだろうか。

「お父さんはもともとプロレスラーになりたくて、いろんな団体の入門テストを受けていたそうです。それでようやくなれたんですけど、お母さんが心配だからと、私を会場によく連れていきましたね。試合を見ていて、お父さんが負けると私は泣いてたみたいです。けっこう大きな声で泣いてたらしくて、対戦相手が『ごめんね』みたいな感じでした(笑)」

 やがて彼女も、プロレスラーになりたいと思うようになる。そのきっかけとは?

「何かのきっかけでアイスリボンを見たんですよ。お父さんがデビューしたあとくらいですね。そのとき志田光さんと世羅りささんを見て、カッコいいと思ったんです。そこから自分もなりたいと思うようになって、中3でアイスリボンのプロレスサークルに入りました。ただ、高校受験と重なってしまい、一度やめたんですね。でも高3のときにまた進路を考えるタイミングになり、もう一度通い始めました。そのときのサークル生のなかに私と同じようにプロレスラーになりたい子が2人いて、3人で『練習生になりたいです』と言いにいきました」

 本格的にプロレスラーをめざすことになった彼女。ほかの2人はやめてしまったそうで、結果的に彼女だけがデビューにこぎ着けた。しかも、武藤のモノマネをした後楽園でのデビューだった。

「あのときとちがって、緊張がすごかったです(苦笑)。やっぱり、コールされるのって夢じゃないですか。コールを受けた瞬間、プロレスラーになれたんだなって。お客さんの声を聞いて、がんばらなきゃなって思いましたね。ただ、気づいたら試合が終わっていました(笑)」

 リングネームは、しのせ愛梨紗。父に次いでデビューを果たしたわけだが、試合後、鎖骨を骨折していることが判明した。

「もう私、プロレス向いていないんだなと思いましたね。正直、やめようかなというのもよぎりました。ただ、病院にいるときにつっか(藤本つかさ)さんが電話をくれて、『待ってるからね』と言ってくださったんですよ。それで、私はやめないという意思が固まりました」

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