【宮本和志インタビュー】天龍源一郎・川田利明・石澤常光に鍛えられた戦士、福島で「プロレスオリンピック」を開く!

宮本和志選手は、紆余曲折を経て戦い抜いてきた。岐路に差し掛かった全日本プロレスで再デビューし、「和志組」としての道を切り開き、2015年からは故郷・福島を応援する「東日本大震災復興チャリティープロレス」を毎年開催している。

強さへの探求心を失わず、10月9日のチャリティープロレスでショーン・ヘルナンデス選手とのダブルタイトルマッチに挑む宮本選手に、これまでの軌跡とベルトへの思いを伺った。

 

<一度は辞めたプロレス>

――プロレスラーになるきっかけとして、全日本プロレスのジャイアント馬場さんにあいさつに行かれたんですよね?

宮本:高校時代に学生相撲をやっていたんです。その大会で、国際プロレスから全日本プロレスに行った米村天心さんに会いました。そこでプロレスをやってみないかという話になって、ぜひやってみたいと伝えたら、「じゃあ馬場さんを紹介してやるから行ってこい」と。当時は無期停学中だったので、ちょうどいいや、学校を辞めてプロレス入ろう、と思って、馬場さんに「学校を辞めてきます」と話したら「それはダメだろ、学校だけは卒業してこい」と言われて、その時はそのまま帰りました。

――「プロレス」と聞いた時に違和感はありませんでしたか?

宮本:もともとプロレスラーになりたかったんです。僕の「ひいひいおじいさん」(高祖父)が元関取で、関脇まで行ったらしくて、その縁で相撲をやっていました。

――どんなプロレスが好きでしたか?

宮本:全日本プロレスの四天王プロレス、その中でも特に、小橋(当時・健太)さんと川田(利明)さんの試合が好きでした。

――好きな理由は?

宮本:とにかく熱いところです。まさに「青春の握りこぶし」、やられてもぐっと耐える姿が大好きなんです。僕は福島県出身なんですけど、よく宮城までプロレスを見に行きました。全日本プロレスは毎年の年末に、「最強タッグ」(世界最強タッグ決定リーグ戦)で宮城県スポーツセンターに来るんですよ。最強タッグは必ず生で見て、夢中になっていました。

――生観戦もなさっていたんですね。

宮本:田舎なので年に一回しか来ないから、それをすごく大事にして、小遣いを貯めて、カレンダーとプロレスカードを買いまくりました。特に、四天王のテレホンカードを集めてました。

――テレホンカード、昔はいっぱい出ていましたね。今ではもう使えませんけど……

宮本:当時はテレホンカードを集めて四天王をコンプリートしていたんですよ。

――ちなみに、新日本プロレスは?

宮本:もちろんテレビでは見ていたけど、特に全日本プロレスの試合内容に魅力を感じました。妥協のない試合、2.9カウントの攻防に夢中になりました。

――ボディビルもなさっていたとのことですが……。

宮本:馬場さんに紹介してもらって、高校を卒業して全日本プロレスに入ったんですけど、体がきつくて一ヶ月でやめちゃったんです。当時は学生相撲上がりで、相撲体型で体力もなかった。根本から変えようと思って体づくりをはじめて、体重も当時108kgから78kgまで落としました。30kg落として体を変えて、ボディビルも始めました。

――減量はどれくらいの期間で?

宮本:半年で落としました。最初の二ヶ月くらいはめまいや立ち眩みがひどくて、立ち上がるごとに倒れていました。

――食べ物にも気を遣っていましたか?

宮本:ささみとブロッコリーとジャガイモ……

――体を絞る時の、タンパク質中心の食事は飽きてきませんか?

宮本:飽きますね。今でこそダイエット用の甘味料や調味料、食品などが出ていますが、17-18年前はそういうものが一切なかった。ささみもパサパサで味のないものばかり、味といったらレモンをちょっと絞るくらいです。それでも達成できたのは、プロレスラーになりたいという思いがあったからです。それがなかったらできません。試合を見て、「いつか俺もこの舞台に立つんだ」と思いながら頑張っていました。

――ストイックですね。30kg減量というのは……

宮本:目標があったからですよ。プロレスラーになるのは特別の目標でしたから。

――最初にリングに立ったのはいつごろですか?

宮本:ボディビルをやって体を変えて、そろそろプロレスに戻りたいと思った頃に、全日本と(プロレスリング・)ノアが分裂して、選手が大量離脱。これはチャンスと思っていると、ちょうど(馬場)元子さんから「ねえ、もう一回やってみない?」と連絡が来ました。僕は20-21歳ぐらいで、プロレスラーへの道をあきらめようと思っていた頃でした。「いいから一度六本木の事務所に遊びに来なさい」と言われて、断ろうと思いつつ行ってみたら、事務所の中が、次のシリーズに向けて活気に満ち溢れていました。元子さんから「いま忙しいから手伝ってくれない?」と荷物の整理を頼まれて、「これを着て頑張りなさい」と馬場さんのTシャツをもらって、辞めるどころか頑張る方にスイッチが入って、気持ちが大逆転。次の週には荷物をまとめて合宿所に入っていました。

――ノアが出ていった頃だから、合宿所も人がいない?

宮本:人がいないどころか、前にいた人がゴミもそのまま残していって、荒れ放題。だけど、合宿所に入った僕ともう一人で片づけていると、ゴミの中からお宝グッズが出てくるんです。小橋さんのオレンジ色のスーツとか、キャピタルの全日本ジャージとか。中には「G.BABA」と書いてある、馬場さんのジャージもあったんですよ! しっかりキープしました(笑)

――出ていくときは、バタバタしていたんでしょうね。誰が抜けるのかもわからない状態でしょうし。

宮本:合宿所に住んでいる人たちは、そこまで気持ちが固まっていなかったんでしょう。ゴタゴタがあったから、大変だったはず。

――ワクワクしながら片付けを……

宮本:お宝をキープしつつ(笑)

――そのお宝は?

宮本:実家に眠ってます。馬場さんのジャージなんて絶対に捨てられないですから。

<次ページ:先輩レスラーを追いかけて。川田さん・天龍さんの思い出>

山口 義徳(プロレスTODAY総監督)
『プロレスTODAY』総監督。
その素顔は運営会社(株)リアルクロス代表取締役社長。
プロレスTODAYの企画・進行・管理を行い、会場ではカメラマンも兼務。
またプロレスとビジネスの融合を行い、会場でのクライアントとのタイアップも実施。

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