【里村明衣子インタビュー】著書『「かっこいい」の鍛え方』、2018年の仙女、各所属選手、そしてプライベートについて大いに語る!

【著書『「かっこいい」の鍛え方』について】

ーー11月に出版されたご自身の著書についてお伺いさせてください。

里村:最初に出版のきっかけをお話させていただきたいのですが、もともとプロレス業界とは全く別の方がきっかけとなるんです。雨宮まみさんという【人気ライター※女子をこじらせてなど多数出版】が、女子プロレスを3年前に観てくださったときに私のファンになってくださって。そこから雨宮さんが私の本を書きたいと言ってくださったんです。去年まで話を進めていて出版まで決まったのでインタビューとかも進めていただいていたのですが、2016年11月にお亡くなりになられて。なので、雨宮さんが私の本を出すという話は一旦ストップしてしまったんですけど、今年の春先に出版社の方から「どうにか形にしたい」とお話をいただきまして、そこから私が実際に書くという形で進めさせていただくこととなりました。

雨宮さんがなぜ私の本を出したいと言ってくださったかというと、女性としての強さとかそういったものを書きたいと言ってくださって。
どちらかというとプロレスの私の生い立ちの自伝というよりは、女性に対して、女性に向けてのメッセージを多く書かせていただきました。

ーープロレス主体というよりは里村さんのスタンスというものが強く描かれている気がします。

里村:自分が書いていたのと、実際全部出来上がって直しとかここをカットしようとか、頭がいっぱいいっぱいになってしまったんですけど、編集の方にもすごいお手伝いいただいて、実際出来上がったのを見て、私ってこんなにネガティブだったんだって思いました(笑)

ーー本当ですか?この本で本当にストイックな方なんだなという印象を受けて、カミソリのエピソードはびっくりしました。

里村:人間って追い込まれたときはこんなんことするんだって思いました(笑)

ーー入団テストのときも他の方がスクワットなど全然出来ない中、通常の練習でテストよりやられていたと書いてありましたが、そこまでストイックにやられていたのはなぜですか?

里村:最初にプロレス界に出会ったときに衝撃的過ぎて、自分の中の憧れのプロレスラー像っていうのが、今よりTVやネットもなかった時代なので、どれくらい頑張ればそこまで辿り着けるんだと思って、自分の想像で膨らませた練習を毎日コツコツやっていたという感じですね。

ーー15歳で親元を離れてプロレスラーになられるわけですが、なぜプロレスを選ばれたのでしょうか?

里村:私、小学生のときとか、柔道とかピアノとかいろんな習い事をやらせてもらっていたんですけど、それでも自分のエネルギーのぶつけ所が足りなくて、不完全燃焼のような感じだったんですね。それがあるとき、人前に出たいという思いと強くなりたいという気持ちが合致した時にプロレスと出会ったことは衝撃でしたね。

ーーその強さを求める部分はどこから来たのでしょうか?

里村:どこからですかねぇ、それもコンプレックスかもしれません。小さい頃から人を見返してやるという気持ちは大きかったです。
家庭事情もいいほうではなかったので、それですごい窮屈な部分があったり、でもこんなんじゃない、大人になったらやってやるという思いが強かった気がします。
小学校のときとかは、今思い出しても人生で一番悩んだ時期な気がします。
大人になったら何かあっても自分で大抵は解決できますけど、子供のころって動ける範囲もありますし、何かあっても自分で解決できないという窮屈さを感じてました。

ーー親元を離れる不安はなかったですか?

里村:全くなかったです。もう自分の生きる道が見つかったので、キラキラしてました。

ーー団体に入られてからは、練習や寮生活でかなり大変だったと思いますが、逃げ出したいとかは思ったことはなかったですか?

里村:逃げ出したい・・、練習が辛くて同じことをしたくないとか、朝起きたくないっていうのは常に思ってましたけど、逃げ出したいと思うことはあまりないですね。それは自分が入った時点で辛いこともきついことも重々承知の上だったので、「この苦しさ来たぞ!」みたいに楽しんでいた気がします。

ーー団体が解散されたときは怪我をされていらっしゃいましたが、そのときもプロレスを辞めようと思わなかったとありましたね。

里村:最初に自分が立てた目標に届いていなかったからですかね。自分が入った頃はまだまだ女子プロレスもメジャーな方で。年に1回武道館をやったり、両国国技館も年に数回やったりだとかそういう大舞台で当たり前のようにやっていたんですよね。でももっとメジャーにしたいと思っていて、例えばプロ野球のようにゴールデンタイムに中継されたりとか、普通に夕方のスポーツニュースで放送されたりとか、そこまで持っていきたいと入門当時から使命感持っていました。それがずっとあって、今でもそこを目標にしていますね!

ーーまだ志半ばということですね?

里村:10年目にしてかなりどん底まで落ちたんですけど、でもわたしはこの世界、人次第だと思っています。人の思いと選手次第で変わると思っています。この世界に夢がないのであれば、わたしは辞めていましたね。ただ解散したときは選手のプロ意識が落ちてたなというのも感じましたし、この業界をどうにかしてくれるスタッフも、もういないと感じましたね、ガイアジャパンが解散した時点で。なので、自分がやるしかないと勝手に思ってました。

 

ーーその喪失感の穴を埋めたというか、原動力はなんだったのですか?

里村:うーん、なんか出来る気がしたというか、根拠がないですね(笑)

ーー里村さんは負けん気が強いというか、リング外でも闘うというパワーを強く感じます。そこから仙台に舞台を移し、著書にもありますが震災時は相当大変でしたよね。

里村:振り返るとしんどかったなと思います。あの頃は必死でした。辛かったというよりは、惨めでしたね。ここまできちゃったかと。例えば、スタッフがいなかったので事務所の電話も自分の携帯電話に転送をして、常に自分がスタッフとして電話に出て、チケットの受付からファンの方からの問い合わせの対応までしていました。試合直前にコスチュームを着てても電話に出てました!そのときは、全てが降りかかってきたのでいっぱいいっぱいで、ぼーっと自分って今なにやってるんだろう?って思ったこともありましたね。

ーー精神的によく壊れませんでしたね?長与さんと新崎(人生)さんの教え方も全然違ったみたいなので、戸惑いも大きかったのでは?

里村:男子プロレスの世界はこうなの?って。女子プロレスと男子プロレスの育成の考え方は全然違いますね!新崎社長は結果重視ですし!

ーーしかも教え子達が里村さんを越えて、新崎さんに相談に行かれたわけですよね?

里村:本当に・・あれいつももう・・・。ヒステリックになるくらい・・。知らないところで社長に直接をクレーム言いに行かれるわけですよ。新崎さんも後輩が辞めないように私の知らないところで息抜きに食事に連れて行ってるわけなんですよね。えー!!って。

ーー中間管理職の辛さですね(笑)女子のほうが人間関係に重きを置いている部分もありますしね。
全女の鉄の掟が仙女ではかなり里村さんが後輩の立場まで降りてきたというか、その辺って苦労があったのではないですか?

里村:ありましたね、本当に考えを変えられました。
私達は恋愛の話がタブーだったというか、絶対付き合えないし、例えば誰かが付き合ったとしたら辞めなきゃいけない状態でした。
でも仙女は3年目までなんですよ、恋愛禁止は。
私が後悔したのは、一番大事な20代のときに恋愛をしていないっていうのは人間として欠如するなと思いました。
私の経験上、後輩にやらせたら駄目だなと(笑)
今の子達って元彼のこととか、どういう人がタイプとかとてもオープンで。
それがもう当たり前になると、こういう方がいいなと感じるんですよね。

ーーそれって時間が経たないと気付かなかったりしますよね。後輩の子達の気持ちが分かってあげられるようになってきたということですよね?

里村:なっているんでしょうか(笑)

 

⇒次ページ(所属選手、団体について)

 

山口 義徳(プロレスTODAY総監督)
『プロレスTODAY総監督』
株式会社リアルクロスを設立し、❝楽しめるプロレスNEWSメディア❞『プロレスTODAY』を立上げ!
プロレスTODAYのインタビュー・企画・進行・管理を担当。
プロレスに懸ける情熱は不変!

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

関連記事

Pages 1 2 3