荒武者・谷津嘉章が糖尿病で足を切断!35歳で糖尿と診断されるも暴飲暴食で血管はボロボロ 長州力ファイナルマッチに奮起し第2章の人生歩む

荒武者に衝撃のニュースだ。

プロレスラーの谷津嘉章が糖尿病により右足を切断していたことを7月2日他紙が報じた。

谷津嘉章はアマチュア時代に全日本学生選手権4連覇、オリンピックでもレスリングの重量級の代表として1976年のモントリオール五輪に出場した。

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1980年に新日本プロレスに入団するとエース候補としていきなりの渡米。81年に帰国するとアントニオ猪木とのタッグで蔵前国技館で日本デビュー戦。83年に長州力率いる「維新軍」に加入すると軍団の副将格となった。“荒武者”と呼ばれ荒々しいファイトで活躍。

長州力の「ジャパンプロレス」で全日本プロレスにも参戦。長州とのタッグでジャンボ鶴田&天龍源一郎組を破りインターナショナルタッグ王座を獲得。1986年には再びレスリングの全日本選手権に挑戦しフリースタイル130㎏で優勝。NHKのニュースでも取り上げられた。

その後はジャンボ鶴田との「五輪コンビ」で初代世界タッグ王座を獲得。1990年にはSWSに移籍。キング・ハクとの「ナチュラル・パワーズ」で天龍&阿修羅・原の龍原砲を破りSWSタッグ王座の初代王者となった。

2000年にはPRIDE.11に出場しゲーリー・グッドリッジと対戦、アキレス腱固めでギブアップ寸前まで追い込むも1ラウンドTKO負け。2001年にはZERO-ONE旗揚げ戦に参戦。2002年には長州の「WJプロレス」に参加。2010年にデビュー30周年の自主興行ツアーを最後に現役引退すると発表。

引退後は運送会社の経営を経て2012年から高田馬場でホルモン焼き店を開業。2016年には国府津で焼鳥・焼肉「はかた亭」を開店。

2018年にはドラディション後楽園ホール大会でヒロ斎藤と組んで新崎人生、新井健一郎組と対戦した。

2019件4月よりDDTプロレスリングに定期参戦していたが、6月2日の愛媛大会後、糖尿病の影響から右足親指の中にできた血豆から細菌が入り壊死が進んだため、同月25日に右足を膝下から切断する手術を行ったことが明らかとなった。

記事によると谷津の家系は糖尿病が多く、谷津自身も35歳の時に糖尿病と診断されて糖尿の薬を飲み続けてきたとのこと。35歳当時は現役バリバリで糖尿なのに体を作る為にガンガン食べて1日に5000~6000kcalを摂取。若いころの暴飲暴食が後まで残り、足を切ってみたら谷津の血管は動脈硬化が進んでボロボロだったとのこと。

谷津が右足を失った翌日にかつての盟友・長州力がファイナルマッチを行っている。

谷津は「こいつに負けてたまるか!」という気持ちでこれからの人生を「谷津嘉章・第2章」として歩んでいく。

(写真:伊藤ミチタカ氏)

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