【岩谷麻優インタビュー①】デビューからスターダムのアイコンになるまで。必殺技やWWEへ羽ばたいた同僚や怪我からの復帰、5★STAR GPへの思いを語る!

スターダム1期生で現在のスターダムのアイコン岩谷麻優選手。昨年は5★STAR GPで優勝。今年4月にはニューヨークで行われた新日本プロレスのマジソン・スクエア・ガーデン(MSG)大会にも出場。膝の怪我から復帰した現在の心境と共に、これまでのプロレス人生とプライベート等幅広くインタビューしました。

◆2年の引きこもりからレスラーになったきっかけ◆

ーー2年の引きこもりからプロレスラーになったとのことですが最初にプロレスを観た時の印象は?

岩谷「最初にプロレスを観た時はテレビだったんですよ。自分、山口県に住んでてテレビ西日本で2カ月に1回ドラゴンゲートの試合が流れるみたいな感じだったのでそのテレビを観て、プロレスおもしろーって思って。展開が選手たちのスピードが速すぎて本当に目で終えないみたいな、そのワクワク感があって、選手も格好いいですし、技もすごいし、試合も面白いしっていうので見始めたって感じですかね。そこから情報が少ないので携帯でチェックして、好きな選手ができてきたり、お兄ちゃんがドラゴンゲートの試合を観戦しに行くってなった時に『麻優も行く?』って聞かれて、そこで行くことになり最前列で観たんですよ。」

ーー1番最初の生観戦が最前列ってスゴイですね

岩谷「最前列なんですよ!一番はじっこだったんですけど最前列の、選手が間を通ってくるんですよ。でもう『ヤバい!いい匂いするし格好いいし!』ってなって(笑)もうその時は本当にファンの気持ちで。」

ーー筋肉フェチだったりするんですか?

岩谷「当初は筋肉フェチでしたね。今は別にそこまで筋肉フェチっていうほどでないんですけど。その頃はもう未知なる体っていうか自分の周りにはヒョロヒョロっていうか、あんな体系の方いらっしゃらないので。『すごーーい』って全部が感動して。『あの選手ココナッツのにおいがしたー』とか。」

ーープロレスラーあるあるですね

岩谷「そういうのでハマって。風香さんのコラムにドラゴンゲートの選手もコラムをやっていたんですよ。それ(ドラゲーのコラム)目的で登録していたんですけど、風香さんの一番最新のコラムを見た時に『選手を募集してまーす』みたいな感じのが載っていて。『あぁこれだ』って思って。」

ーー引きこもっていた人がいきなりプロレスってギャップがありすぎるなと思いますね。もともと小さい時から静から動に動くというかふり幅の大きい人なんですか?

岩谷「ふり幅が大きいというか、衝動的なことが多いですね。」

ーー衝動に駆られてなんかやっちゃうっていうような

岩谷「テレビ欲しいなって思ったら、『我慢できない、その日に買いに行くー』みたいな。」

ーー何型ですか?

岩谷「えー何型?(部屋にあったテレビを指して)これよりデカい…」

ーーいや血液型で(笑)

岩谷「(笑)テレビの型だと思ったじゃーん。知らないよーって思って。41?エーって思って(笑)A型です。」

ーーA型?A型なんですね

岩谷「いやでもCよりのAです。」

ーーCってどんなんでしたっけ?(笑) A、Bの次にあるような形に近いという…

岩谷「そうそうそう。」

ーーちょっと不思議な感じの血液型という

岩谷「そうです。」

ーーそういうところは昔からあったんですね?

岩谷「そうです。衝動で動きます。思ったらすぐ行動みたいな感じですね。」

ーースイッチの着火が早いんですね

岩谷「早いと思います。」

ーーでも運動とか昔はどうだったんですか?

岩谷「柔道6年間と、陸上3年間と、テニスちょっと趣味でやってたのと、ぐらいですね。」

ーー柔道6年もやられてたんですか?

岩谷「やってたんですよ。でもこれ誰にも信じてもらえないんですよ。」

ーーうん、びっくり

岩谷「(笑)」

ーー何歳から何歳までやってたんですか?

岩谷「小学校1年生から6年まで。」

ーー柔道を。全然みえません

岩谷「でも6年間やっていたのにオレンジ帯だったんですよ(笑)」
※柔道での少年部の級位でいうとオレンジ帯は4級で白帯の2つ上

ーー(笑)柔道殺法ってほとんど出さないですよね

岩谷「だから信じてもらえないくらいできないっていう。」

ーーでもまあ投げ技なんかにも過去の柔道のエッセンスがあるのかもわからないですね

岩谷「そうですね。受け身とか(笑)」

ーーじゃあ格闘技の要素は少しなりともあって、そこからのプロレスっていう部分では点から線になってる部分はあるんですかね

岩谷「あるんですかね。ほんとにちょっとした点ですけど(笑)」

ーープロレスの練習をいざやってみてどうでした?

岩谷「きつかったですね。最初にランニングをしてたんですよ。練習する前にランニングをするんですけど、そのランニングの輪から1人だけ離脱して、でもみんなが次の準備体操とか回転運動とかやってる間に、自分はゆっくり道場に戻っていってみたいな。でもそこで過呼吸になったりして。すぐ唇真っ青になって。風香さんがその度に『休んでて』って言って。練習は全然ついていけなかったですね。」

ーー基礎体力がひきこもり期間でゴッソリ落ちちゃったというそんな感じ?

岩谷「なくしましたね。プロレスラーになりたいって思って風香さんに連絡して上京するまでに1度やってみて『あーこれ無理だー。行ったら考えよう』って1日で根をあげて。」

ーーでもそんな人がよくこれだけ残ったのが凄いですね

岩谷「そうですねー。」

ーー今やスターダムを背負うアイコンと呼ばれる存在にまでなってるわけですから

岩谷「はい。」

ーーそれを支えてきた原動力というか、芯みたいなものはなんなんですか?

岩谷「自分は家出した人なので。親から反対されて、無理やりっていうか親にも内緒で家族の誰にも言わずに荷物まとめて…」

ーーあー本当の家出みたいですね

岩谷「本当の家出ですね。」

ーー凄い

岩谷「で、東京に出てきてから『東京にいる』ってお母さんに連絡した位なので。やっぱりそう簡単に辞めて家に帰れないっていう…親を説得する時にも『何やっても続かないんだから絶対無理だよ』みたいに言われてたので、ここで諦めてたまるかと。」

ーーそれは凄いですね。親にも言わずにそのまま東京出てきて怖くなかったですか?

岩谷「あー不思議と同級生とか就職先とか大学に行くとか進路を決めている最中の時期だったので、このままひきこもっても何もないし、プロレスラーにっていう…」

ーー夢の方が勝った?

岩谷「この先何もすることなくてこのまま引きこもるよりは、プロレスラーとして行動に移した方がいいかなって思って。怖さとかはなかったですね。」

ーー夢がありますよね。そういう自分であっても今や団体のアイコンになったというのは。同じような境遇にいる人たちへのメッセージにもなると思います

岩谷「結構ファンの方でもそういう方が多いので。引きこもってますとか。そういうお手紙とか、勇気づけられてますとか、そういうのを聞くと『あぁやってて良かったな』と思います。」

ーーそういう時から今に至るまで何が一番自分の支えになったでしょうか?

岩谷「支えっていうか、失うものがないんで。」

ーーもう何もない状態で出てきているから

岩谷「はい。支えというよりも、もうこれしかないと。」

ーーそれは同じような立場の人には心強いですね。いずれどっかで一緒にセミナーをやりませんか(笑)

岩谷「機会があればよろしくお願いします(笑)」

⇒次ページ(スターダムのアイコンへと成長するまでの苦労)

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