【編集長コラム】「横綱レスラー・輪島大士さんは永遠なり」

「人たらしの地元の英雄」は永遠なり。

昨年10月8日に亡くなった、横綱レスラー・輪島大士さんの故郷・石川県七尾市が「一周忌追悼トークショー~『黄金の左』永遠に~」で沸き上がった。

まずは輪島さんの実家の二件隣に住む幼なじみ、中西廣さんがエピソードを披露。「トイレに行くのに、ついてきてくれ、と起こされたことがある」と、楽し気に振り返った。どうやら何かと周囲の人を巻き込むのは、子供のころからだったようだ。

大相撲の人気力士になっても、二人の関係性は子供のころのままで、輪島さんが大関に昇進した際にも、ざっくばらんに語りあったという。その中で「大関は通過点。3、4場所で横綱になる」と、さらなる昇進を誓っていた輪島さんに、中西さんも感心したそうだ。

北國新聞社の杉山圭一郎運動部長は、病気で声を失った晩年の輪島さんを筆談で取材している。「高校生の時に、地元の金沢大会の決勝で敗れたことが、相撲人生で一番の思い出。あの悔しさをバネにして、頑張った」と、ノートに記した輪島さんを忘れられないという。

プロレス転向後の輪島番として記者も、輪島さんの愛すべき逸話を紹介。「キャットフードを食べた」という都市伝説の真偽を、輪島さんにぶつけると「ああ、冷蔵庫にあった缶詰を食べると、ツナ缶の様でおいしかった。でも、よく見たら、猫の絵が描いてあった」と、事も無げに語ってくれた思い出を披露させてもらった。

加えて、「トレーニングパートナーをトレーニンウエア」「コレクトコールをコレステロール」と、言い切っていた輪島さんを語らせていただいた。輪島語録は地元でも、いくつも伝わっているという。

登壇者に加え、来場者からも「輪島さん話」が続出。「時間を守らなかった」という話には、その場にいた全員がうなずいていた。それでも、なぜか笑顔ばかり。とことんマイペースの輪島さんだったが、その気配りも横綱級で、皆さんが「憎めない人、優しい人だった」と声をそろえた。

地元出身のシンガー・ソングライターで司会を務めた北脇貴士さんが「横綱輪島大士の歌」を弾き語りで、天国の輪島さんに捧げると、会場には「人たらし」だった輪島さんを思い浮かべる「笑みの花畑」が出現していた。

「おしゃべり好きだった輪島さんが、声を失って、さぞや寂しい思いをしていただろう」という杞憂も、中西さん、杉山部長の「いえ、病気前と全く変わらなかった。明るい輪島さんだった」という証言で一掃された。

「輪島さん、皆さんがあなたのことを変わらず愛していますよ」。イベント終了後、訪ねた「第五十四代横綱 輪島大士之碑」の前で報告させていただいた。

なお、トークイベントはラジオななお(FM76・4メガヘルツ)で11月16日(土)午後7時から、放送される。

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