ワンマッチ大成功から両国へ。ウナギ・サヤカ「おもしろいことしたいから、歴史を軽視して新しいプロレスを創る!」

 それでも、“ギャン期がピンチ”との感覚はまったくなかった。それがウナギの図太さでもあり、3週間後にはLLPW-XのTDCホールで復帰した。

 また、12月7日には“浜松といったらウナギでしょ”と言わんばかりに古巣スターダムの浜松大会に出現。1・3有明でまさかの中野たむ戦を実現させた。この試合が今後どのような意味を持ってくるのかこないのか現時点ではわからないが、その行動が予測不可能であることだけは確かである。

 そんななかで、ウナギはもうひとつの“まさか”を実現させる。それが、2・16後楽園でのワンマッチ興行だ。当日は1603人の観衆を動員し、超満員を記録。ウナギvs里村明衣子の1試合のみながら、いや、その1試合だからこそ大きな話題を呼んだのだろう。この話題は女子プロレスの枠を超え、時空さえも超えた。後楽園のワンマッチ興行といえば、新日本プロレス1987年1・14での藤波辰爾vs木村健吾が思い出される。その興奮をリアルタイムで体感した昭和プロレス世代にも、このワンマッチ興行が届いたのである。ウナギはその試合を知っていたというが、まさかここまで反響があるとはうれしい誤算でもあったのではないか。では、この発想はどのようにウナギのアタマに浮かんだのだろうか?

「里村明衣子が引退すると発表して、『やりたいヤツは名乗り出てこい』という流れだったじゃないですか。となれば、たくさん名乗りを挙げてくるでしょう。私もやりたいけど、大勢のなかの一人には絶対になりたくなかったんですよね。私にしかできない、やったことないことをやって、引退してから『マジであれはやってよかった』と思ってもらえるプロレスをやりたかった。だったらワンマッチしかないと思ったんです」

 会場の後楽園ホールは、里村引退の報を聞いてからおさえたという。ウナギ自身は「後楽園と癒着しているので」と笑うが、それもまた奇跡的。持っているとしか言いようがない。また、ファン同様、この企画はスタッフの気持ちも動かした。

「あの試合(藤波vs木村)の女子版をやろうというわけでもないですけど、とにかく歴史に残るなにかにしたかった。結果、1603人のなかには私や里村明衣子のファンでない人もたくさんいたんですよね。私たちがどれだけ頑張っても届かないであろう層にまで届いたというのはすごくうれしかったです。これが決まってからも、後楽園のスタッフやまわりの人たちがすごく乗ってくれたんですよね。みんなの気持ちが見えました。こういうのってすごく大事だなって。どうせやるなら満員しかない。満員以外はあり得ないと。私もそうでしたけど、そういう気持ちでみんなが動いてくれたんです」

 運営と同時に、ウナギにはレスラーとしての血も騒いだ。リング上で魅せなければ本末転倒になりかねない。藤波vs木村は凶器使用の因縁からワンマッチに発展した。が、ウナギvs里村は遺恨とは無縁。だからこそ純粋に内容が問われる。試合に関しては、里村からの挑発もあった。

「試合内容がどうとか、技がどうとかいろいろ言われるなかで、ホントにここはちゃんと向き合っておかないとヤバいと思いました。しかも1月に筋断裂をしていたので、メッチャ水泳やったり、身体のケアを含め自分の練習とマジに向き合いましたね。そういう意味でも(里村戦を通じて)心も身体も強くなれたと思います」

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