【新日本】棚橋弘至社長が語る、プレイヤーからの完全転換と経営者としての覚悟「トップスターの離脱は悲観していない。これは新日本プロレスの歴史であり、新陳代謝である」

■プレーヤーとしてリングに立つ立場と、団体を率いる社長という立場。その視点の違いとは?
――:プレイヤーとしてリングに立っていた立場から、団体を率いる社長という立場へ。視点の違いはやはり大きいですか?
棚橋:全然違ってきましたね。
――:具体的にはどのような部分でしょうか。
棚橋:やはり「数字」です。選手の時は、移動の疲労感や、会場の観客の動員数、熱気や雰囲気といったものを、あくまで自分の“体感”で捉えていました。でも今は、社長席に正確な数字のレポートが上がってくるんです。「今回のツアーは移動費や宿泊費で経費がいくらかかって、動員がこれくらい、売上がこれくらい。今月の収支の見込みはこうなる」と。
――:企業として、常に黒字を出していかなければならない責任がありますよね。特に新日本プロレスは上場企業(ブシロード)のグループ会社ですから、対前年比などの数字は大きなプレッシャーになるのではないでしょうか。
棚橋:前年比のデータもしっかり出ます。各会場の巡業ルートは毎年大体決まっているので、「去年の同じ時期、同じ会場に比べてプラスかマイナスか」という観客動員の数字が残酷なほど明確に出るんです。プラスの部分は喜べばいいんですが、問題はマイナスの時です。「なぜこの土地で、この曜日で入らなかったのか」という原因分析をしっかりしておかないと、ただ「入らなかったね」という結果だけで終わってしまう。
――:原因を追究し、次への対策を練るのが経営者の仕事ですよね。
棚橋:そうなんです。ただ、一つ言い訳じゃないですけど……「棚橋弘至が引退したから、一時的に動員が落ち着いている」という分析も大体は出ますね(苦笑)。

――:数字に対するシビアな現実を突きつけられつつも、「俺がリングにいればもう少し数字を引っ張れたかもしれないのに」という、歯がゆさもあるわけですね。
棚橋:そうですね。「棚橋がいれば、まだ数字を維持できた、あるいは、落ち込みを食い止められたのに」というジレンマは少しあります。
――:社長専任となってからは、出社や仕事の際は基本的にスーツですか?
棚橋:はい。今日もこのあと会場の視察に行きますがスーツですし、企業の方とお会いする時や、来客がある時は基本的にスーツを着ています。そういった堅い予定がない時は、IT企業の社長さんのような、少しカジュアルなセットアップを着ることもありますけど。マインドチェンジはできているんですが、一つ大きな問題がありまして……。
――:問題、ですか?
棚橋:スーツの数も増えて、毎日違うスーツでバシッと決められるんですけど……最近、ウエストがきつくなってきまして(苦笑)。ジャケットの一番上のボタンが留まらないんですよ。
――:それは大変ですね(笑)。
棚橋:ウエストが閉まるスーツが1着、また1着と減っていって。これ、サラリーマンの皆さんがよく経験する「加齢と運動不足による体型の変化」と全く同じ現象ですよね。スーツを作り直すか、自分が痩せるかの二択を迫られています。
――:大半の方は、自分に甘くスーツを作り直すことを選びますが……。
棚橋:今までならお腹を引っ込めて、グッと息を吐きながら力技でボタンを留めて、なんとかごまかせていたんです。でも最近は、その一番難しい「ごまかしの限界点」まで持っていけなくなってしまって。ちょっと引退後の苦労が、ウエスト回りに出ちゃっているのかもしれません(笑)。

■一時代を築いた主力選手たちの離脱。 団体のトップとしてどう受け止め、どう再構築していくのか?
――:少し和やかなお話になりましたが、ここからシビアな話題に入ります。近年、一時代を築いた主力選手たち、トップスターの離脱が相次ぎました。団体のトップとして、この状況をどう受け止め、どう再構築していこうとお考えですか?
棚橋:僕は新日本プロレス一筋で残った人間ですが、過去には2004年頃にアメリカ進出を視野に入れた時期もありました。だから選手の気持ちもわかります。自分を高く評価してくれる、ギャランティも含めてより良い条件を提示してくれる団体に行くというのは、プロの選手としては当然の権利です。だからこそ、新日本プロレス内部の体制改善、ギャランティの引き上げや契約内容の見直しは急務です。複数年契約の導入など、「いい選手を他団体に獲られないための防波堤」を作り、新日本プロレスの良さを維持していかなければならないと強く感じています。
――:主力流出という危機感は持ちつつも、環境整備を進めていると。
棚橋:ただ、僕は今の状況を全く「悲観」はしていないんです。なぜなら、これは新日本プロレスが長年繰り返してきた「歴史」そのものだからです。上の世代が充実してポジションが煮詰まると、誰かが抜けていく。過去にも闘魂三銃士の先輩方が抜けたり、小島(聡)さんが抜けたりしましたよね。最近でもオカダ(・カズチカ)やウィル・オスプレイが抜けました。でも、その度に「空いたポジション」を巡って若い選手たちが激しく競争し、新しいスターが生まれてきたのが新日本プロレスの歴史なんです。
――:上が抜けることで、下から突き上げる余白が生まれるわけですね。
棚橋:そうです。トップ層が抜けた穴に、次は誰が来るのか。今まさに、辻(陽太)をはじめとする新しい世代が猛烈な勢いで上がってきています。一般企業でも、カリスマ的な社員が独立したり引き抜かれたりした後、残された若手が覚醒して新たなスター社員になることってありますよね。僕は過去に何度もそういう歴史を見てきているので、今回の離脱劇に関しても悲観していません。「若い選手にとって最大のチャンスが来たじゃん」と思っているくらいです。ただ、長年応援してくださったファンの皆さんが寂しい思いをされていることは、痛いほど理解しています。
――:プロレスは競技寿命が長いため、世代交代が起きにくいという側面もあります。
棚橋:そうなんです。プロレスは育成に時間がかかりますが、一度トップになれば40代、50代になっても第一線で活躍できてしまう競技なので、上のポジションが本当に空きにくいんです。だからこそ、今回のようにトップが抜けていく現象は、組織の健全な「新陳代謝」のシステムの一つだと捉えることもできます。
――:ある意味、人材輩出企業と言われるリクルートのような、一定の期間で人が循環し、新しい才能が次々と育つシステムに似ているのかもしれませんね。
棚橋:まさにそうですね。かつて猪木さんが「プロレスは社会の写し鏡だ」と仰っていましたが、本当にその通りで、社会の雇用流動性や組織のサイクルの変化が、そのまま新日本プロレスのリングにも反映されているんだと思います。猪木さんはまさに予言者ですよ。














