探求し続ける男・翔太が矢野啓太との2度目の“61分3本勝負”に決意「今年のテーマは“わがまま”やり残したことを全て潰す」

■純度100%のプロレス。無観客・配信ワンマッチの真意

――:会場を押さえ、矢野啓太という最高の対戦相手が決まり、61分3本勝負という過酷なルールも決まりました。そこから、なぜ「無観客・ワンマッチ・配信のみ」という極端な形式に発展していったのでしょうか? 普通なら、自主興行として何試合か組んで、お客さんを呼んで利益を出そうと考えますよね。

翔太:そこなんですよ。普通、自主興行をやるとなれば、パッケージを考えるじゃないですか。メインイベントが61分3本勝負だから、第1試合に若手の試合を入れて、第2試合に少し毛色の違うコミカルな試合を入れて、第3試合にヘビー級のタッグマッチを入れて……全4試合くらいで興行としての面白さを、と。僕も最初はそうやって、普通の興行の形をシミュレーションしたんです。

――:当然の思考ですよね。

翔太:でもね、どう考えても、そのパッケージが「はまらない」んですよ。この「翔太 vs 矢野啓太 61分3本勝負」というメインイベントのカードが、あまりにもアクが強すぎて(笑)。さっきの料理人の話じゃないですけど、このメインは強烈なスパイスが効いた「一品料理」なんです。フルコースのメインディッシュじゃなくて、これ一品で完全に腹を壊すか、極上の満足感を得るかという劇薬。だから、第1試合に誰を呼んで、どんなカードを組めばこのメインに繋がるのか、どうしてもパズルがはまらなかった。僕の頭の中で「この選手に出てほしいな」「こういうカードがいいな」と色々アイデアは出たんですが、どうやっても違和感が拭えなかったんです。

――:メインの純度が高すぎて、他の試合がノイズになってしまう感覚でしょうか。

翔太:まさにそれです。加えて、現実的な問題もありました。押さえている会場は土日開催になるんですが、今のプロレス界って、土日の首都圏は異常なほど興行数が多いんです。

――:毎週のように数え切れないほどの団体が興行を打っていますね。

翔太:そうなんです。そうなると、僕が理想とする選手にオファーを出しても、すでに他団体のスケジュールが埋まっていて理想のカードが組めない可能性が非常に高い。さらに、お客さんのパイの取り合いにもなります。同じ日の同じ時間帯に、あっちでもこっちでも面白そうな興行がやっている。じゃあ、この「翔太 vs 矢野啓太」というマニアックな極上の一品料理を、一番多くの人に、一番良い状態で見てもらう方法は何だろう? と考えたんです。その答えが「配信」でした。

――:有観客の興行をやめて、完全に配信に振り切ったと。

翔太:お客さんにとって、会場に足を運ぶのって楽ではないと思うんですよ。チケットを買って、電車に乗って、時間を作って会場まで移動する。もし東京で開催したら、名古屋や大阪、北海道、沖縄のファンは交通費も時間もかかってしまい、生で見ることができない。もちろん、「会場で有観客興行をやりつつ、配信もやります」というハイブリッドな選択肢もありました。でも、それをやると、どうしても「配信の価値が一段落ちる」感覚があったんです。

――:と言いますと?

翔太:やっぱりプロレスにおいて一番価値があるのは「現地のチケット」なんです。目の前で生の熱量を感じるのが一番。配信はあくまで、会場に来られない人のための「補完」になってしまう。僕はプロレスラーですから、観客が目の前にいる状態で、配信用のカメラが1台回っているとします。そうなると、試合中に意識するのは、絶対に「目の前にいるお客さん」なんですよ。お客さんのリアクション、歓声、どよめき。それによって僕らの試合のテンポや感情は大きく左右されます。でも、そうするとカメラの向こう側にいる配信の視聴者に対しては、100%の意識を向けることができない。会場の熱を「覗き見」してもらうような感覚になってしまうんです。

――:WWEのような巨大なエンタメ企業になれば、逆にテレビカメラの向こう側の視聴者が最優先になる構成で作られていますが、日本のプロレスは目の前の観客との熱量のキャッチボールが醍醐味ですからね。

翔太:そうなんです。日本ではどうしても生で見る以上の体験はない。そうすると、会場に来られる人と、配信で見る人との間に、体験の「バリュー(価値)の差」が生まれてしまう。僕は今回、その差を完全にフラットにしたかった。北は北海道、南は沖縄、いや世界中どこにいても、全員が全く同じ条件、同じ目線で、フラットにこの試合を味わってほしかったんです。

――:その究極の平等を生み出すための「無観客」なのですね。

翔太:カメラ1台。ただそれだけ。そのカメラの向こう側にいる全ての人に向けて、僕らはプロレスをする。そうすれば、地方に住んでいて「翔太と矢野のシングルなんて絶対に見たい!」と熱望してくれている人たちも、特等席で見ることができる。全員平等です。さらに言えば、これもまた職人的な思考なんですけど……商業的な「興行」を打ちたいわけじゃなくて、純粋な「戦いの映像記録」を残したかったんです。

――:商業主義からの脱却であり、純粋な闘争の記録。

翔太:お客さんが会場にいると、どうしてもエンターテインメントとしての「気配り」が必要になります。開場中のBGM、入場曲のタイミング、リングアナウンサーの呼び込み、音響のクオリティ、会場の空調、照明。お客さんが会場に来てから帰るまで、快適に楽しんでもらうための空間作りや演出に、僕はプロデューサーとしてすごくこだわってしまう性格なんです。でも今回は、「もうそういう装飾は一切いらない。俺たちはプロレスしかしない」と決めた。限りなく全ての要素を削ぎ落として、翔太と矢野啓太のプロレスの技術と感情、その「純度100%のジュース」だけをダイレクトに届けるには、誰もいない空間で、ただただ全力でプロレスをするのがベストだという結論に至ったんです。

――:削ぎ落とした美学ですね。

翔太:だから当日は、会場に4人しかいません。僕と矢野さん、レフェリー、そしてカメラマン。たった4人です。リングアナウンサーもいないからコールもない。入場曲も鳴らない。派手な音響もない。ただ、静寂の中で二人のレスラーがリングで肉体をぶつけ合い、息を乱し、関節を極め合う映像だけを届ける。これが逆に、週末に乱立する他の興行との最大の差別化になる。この狂った企画をパッと見て「なんだこれ、ヤバそうだな」と思ってくれたディープなプロレスファンが、今一番見たいもの、渇望しているものは、こういう純度の高いプロレスなんじゃないかと思ったんです。

 

 

■61分3本勝負への自信と、次々と生まれる「TO DOリスト」

――:そして、そこでのルールが「61分3本勝負」です。

翔太:だからこそ、3本勝負なんです。2本先取した場合はそこでストレートで終わってしまいますが、少なくともシングルマッチを「2回」は連続でやることになる。1本勝負だと、3カウントを奪われたりギブアップしたりしても、「まだ戦う体力が残っていたのに」「一瞬の丸め込みで負けた」というように、競技である以上、余力が残ったまま終わってしまう可能性が全然あるんですよ。でも、本当に自分たちの肉体と精神の限界まで追い込み、全てを出し切るためには、61分の枠で3本勝負をやるのが一番だと思ったんです。映像商品として、お金を払って見てくれる人に対して「これでもか」とプロレスの奥深さを見せつけるには、僕と矢野さんで3本勝負をやるのが、一番“腹いっぱい”になってもらえるだろうと。

――:先ほどおっしゃっていたように、お二人にとっては2回目の61分3本勝負になりますね。

翔太:2度あることは3度ある、と言いますしね。若手時代に沖縄で1回目をやり、今回、お互いに程よく脂が乗ってきたこのタイミングで、無観客という特殊な環境で2回目をやる。そしてきっと、僕らがもっと老獪なベテランになった時に、やらなきゃいけない「3回目」のタイミングが来るんだろうなと。その未来への布石という意味も込めて、今ここで2回目をやっておこうと決めました。

――:しかし、翔太選手のプロデュース能力には改めて驚かされます。自分のプロレス人生における今の立ち位置を俯瞰し、やり残したテーマを見つけ、それを最も意味のある形でパッケージングして提示する。この能力は並外れています。

翔太:才能に溢れたレスラー、華のある若い選手はどんどん出てきていますからね。普通にやっていたら、彼らの勢いに飲まれて埋もれてしまう。だから「自分にしかできないものは何か」を常に、めちゃくちゃ探しています。今回の企画も、決して思いつきの即決じゃありません。頭の中で何日も何日も考えて、考えて、絞り出した結果なんです。「相手は矢野さんだ。ルールは61分3本勝負。どうしよう、どんな興行に? ワンマッチか? チケットの価格は? リングアナは? レフェリーは? 会場へのアクセスは?」……あらゆるシチュエーションを脳内でシミュレーションして、「あ、配信ワンマッチにしちゃえば、すべてが研ぎ澄まされるんだ」と閃いた。何日もかけて脳内で発酵させて、熟成して絞り出した一滴なんです。

――:去年まで他人のために動いていたプロデュース力が、ここに来て「翔太」というレスラー自身を最高に輝かせるために発揮されていると感じます。

翔太:そう言ってもらえると嬉しいですね。去年やってきた経験も、絶対にどこかで自分の血肉になっているはずですから。今年はプレーヤーとしての自分を最優先して、出し切れる試合、やりたい試合を全部やってやろうと思っています。

――:体力的にはどうですか? 61分という長丁場、フルタイムドローに近い死闘になる可能性もあります。

翔太:スタミナに関しては、実は意外と自信があるんですよ。というのも、今年の1月にスポルティーバアリーナで、佐々木幹矢選手と60分のアイアンマンマッチ(制限時間内で勝敗数を競うルール)をやっているんです。

――:なんと、すでに今年60分戦い抜いているのですね!

翔太:もう何本取り合ったか覚えてないくらい、5対5かそれ以上で取り合う激闘でした。あの試合が終わった時、体がボロボロできつかった反面、「あ、俺、普通に60分戦い抜けたな」って、確かな手応えを感じたんです。矢野さんとの1回目の61分3本勝負の時も、まだキャリア3、4年目だったのに40分近く戦いました。それが当時の自分にとって、ものすごい自信になったのを覚えています。

――:キャリアを重ねて体力が落ちるどころか、逆にスタミナのペース配分やプロレスの引き出しが増えているからこそ、不安がないのですね。

翔太:おっしゃる通りです。若い頃より純粋な身体的スタミナは落ちているかもしれませんが、その分、プロレスの技術、経験値、そして何より「脳の回転スピード」が格段に上がっていますから。体力配分やピンチの凌ぎ方など、引き出しは無数にあります。だから、スタミナやプロレスの組み立てに対する不安は全くないですね。もし5年若かったら、逆に不安だったかもしれません。今の自分が一番、ピークに近い完成度だと思います。

――:現在、日本にプロレスラーは1,000人以上いると言われていますが、その中で「60分フルタイム」を戦い抜いた経験を持つ選手は、おそらく数十人もいないはずです。

翔太:確かにそうですね。プロレスラーとして、「チャンピオンベルトを巻く」「後楽園ホールでメインを張る」「両国国技館に出る」といった、わかりやすい目標や勲章っていくつかあるじゃないですか。「これを達成したらレスラーとしての箔がつく」というような。そのリストの中に、「60分アイアンマンマッチをやり遂げる」「61分3本勝負をやり遂げる」という項目も、絶対にあると思うんですよ。僕は今年、たった3ヶ月の間にその両方を経験することになる。しかも、それを誰かにやらされるのではなく、自分自身でクリエイトして実現している。そこには強烈な自負があります。

――:やり残したことを潰していく「TO DOリスト」の消化が、ものすごいスピードで進んでいますね。今年の残りの展開はどう考えていますか?

翔太:リストをどんどん潰していってるんですが……実は、やりたいことって、やりきって「もういいかな、やりきったら引退かな」ってなるかと思いきや、潰せば潰すほど、新しい「やりたいことリスト」が増殖していくんですよ(笑)。

――:増えるんですか!(笑)

翔太:フリーランスとしての「やりたいことリスト」をこの2年半くらいでかなり消化してきて、この「翔太 vs 矢野啓太 61分3本勝負」は、リストの中でもかなり終盤の、ラスボスに近い項目だったんです。「これを潰したら、モチベーションがなくなって燃え尽きちゃうかな」と少し怖かったんですが、決断して準備を進めているうちに、また新しいことを思いついちゃったんですよ。

――:どんな時に思いつくのですか?

翔太:電車に乗ってボーッとしている時とかに、不意に降りてくるんです。「あれ? これやれるんじゃないの?」「あの人とこういうルールの試合をやったら、絶対に面白いぞ」って。だから、生き急いでいると言われるかもしれませんが、生き急ぐくらいのスピードで、キャリアのTO DOリストを今年、来年で全部潰していこうと思っています。潰せば潰すほど、新しいリストが湧いてくると確信したので。戦ったことがない選手、久々に肌を合わせたい相手、まだ行ったことがない地方の会場……全部今年中に潰します。極端な話、奥さんに怒られるかもしれませんが、利益が出なくてもとにかくやる。やりたいと思ったら動く。そうやって走っていると、後から必ず何かがついてくる。僕のキャリアは全部そうやって切り開いてきたので。

――:走りながら考え、探求し続ける。まさに「プロレス探求者」ですね。

翔太:ありがとうございます。今はとにかく、この矢野さんとの試合を多くの人に見てもらい、戦いの記録を最高の形で残すことに全力を注いでいますが、頭の片隅では常に「次はどうしようか」と考えています。電車の中でもスマホで、「あそこに遠征するには交通費がいくらで、何時間かかって……」って、経費の計算もしちゃってますね(笑)。

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