【にわのまことインタビュー】画業30周年記念イベント2.5次元プロレス『夢幻大戦』へ馳せる思い!<11月27日(月)新宿FACE>

<画業30周年、思い出の学プロ>

――今回【モモタロウin2.5次元プロレス】ということで、にわの先生にとって30周年なんですね。

にわの:そうですね、デビューさせていただいて。

――どうですか、30周年を振り返ってみて。

にわの:もうそんなになるかぁという感じですね。実はですね、20周年のあたりでも今回のような企画を考えていたんですよ。
周りからもやってみてはどうですか?と言われていたのですが、面白いなとは思いつつ、おこがましいかなと遠慮していたんですよね。

――そうだったんですか。
そういえば、にわの先生は学生プロレスをやられていたという話を拝見させていただいたのですが、学生の頃からプロレスが大好きだったんですか?

にわの:そうですねー、大好きですね。

――ちなみに、にわの先生が学プロをやっていたとき、誰が好きでした?

にわの:現役のプロレスラーですか?僕のときはバリバリ昭和の頃ですが、やはり最初は猪木さん、藤波さん、初代タイガーと、後は全日系の外国人レスラーですね。

――じゃあ、本当にゴールデンタイム世代ですね。

にわの:そうですね、でも思いっきりファンになったのは藤波さんですね。

――藤波さんは筋骨隆々な感じ、鋼のような体で男前だし、どこからどうみてもベビーフェイスですよね。

にわの:そうそう、そうなんですよね。あのドラゴン・スープレックスはやっぱり衝撃的でしたね。

――藤波さんが出てきてから、本当に新しいファンも増えましたよね。藤波さんもそうですが、僕は初代タイガーに相当影響をうけまして、
先生の漫画にも飛び技を使う選手がたくさん出てきますが、そういう部分では初代タイガーの登場にはびっくりしました?

にわの:初代タイガーはびっくりしました。もちろんマスカラスとかメキシコのルチャも好きでしたけど、けどどちらかというと好きなのはカネックでしたね。

――カネックは渋かったですねー。しかもパワー系レスラーでしたもんね。覆面レスラーでパワー系だとマスクドスーパースターとカネックが思い浮かべます。

にわの:そうそう、そしてマスクの模様がアステカとかインカの古代遺跡を模したようなデザインも好きでしたね。マスクのデザインって結構違うんですよね。

――確かに!カネックと言えば日本ではあまり日の目を見なかったかもしれませんが、メキシコではトップルチャドールでしたもんね。

にわの:そうですね。

――ちなみに先生の学プロ時代のリングネームは?

にわの:いやぁ、おこがましいのですが・・・
九州の学生プロレスの団体で、僕が鹿児島出身なのもあり、「薩摩はやと」・・・お恥ずかしい(笑)

――(笑)これってみなさん知ってるんですか?初出しですか??

にわの:いや、知っている人は知っているというか・・たまに僕の試合の動画を見ましたって方がいるんですよね。

――すごいですね!ちなみに先生はどんなファイトスタイルの選手だったんですか。

にわの:最初はお笑いだったんですけど、コミカル系で。僕らは「”シュー”ティング」ではなく、「”ショー”ティング」って言ってましたけどね。

――いいですねー、「”ショー”ティングプロレス」!!シュートスタイルで構えながら、コミカルでやってたんですか。

にわの:まぁまぁ、いろんな格好をしながらですが。でも引退間近のラスト半年くらいは、少し真面目にやりたいのもあって、とは言っても大したことはやってないですがしっかりやってましたね。

――そうですか、コスチュームはどんな感じだったんですか。

にわの:コスチュームは最初は田吾作スタイルで、後半はシューティングスタイルでしたね。
なんだけど、地下足袋でしたね。レガースで地下足袋。

――ちょっとなんか斬新ですね。

にわの:そのへんがモモタロウに繋がっている気がしますね。

――漫画を書こうと思ったのはどのへんからですか。

にわの:高校一年のときに赤塚賞という集英社の賞に送って佳作で引っかかったのがきっかけで、そのときにプロレス漫画でデビューしたいなと思ったんですよね。
で、何本か描いて22くらいのときにデビューといった感じですね。

――先生はプロレスに対して影響を受けたものをプラスアルファ、高一のときにチャレンジした漫画の評価を受けたことや、学プロで本格的にプロレスにどっぷり染まったという感じですね。

にわの:本格的に遊んでました(笑)、じゃなくて本格的にやってました。

――その頃はプロレス仲間がたくさんいらっしゃったんですか?

にわの:いました。現在も活躍している九州プロレスの阿蘇山も同期ですね。
いつもいじめられていました(笑)、でかい体に捕まえられて。

――そうですか。

にわの:プロになったのは阿蘇山、当時のプロフェッサー林と、熊本商科大学(現:熊本学園大学)で遠征に行ったときはハヤブサさんとかいらっしゃいましたね。

――そうなんですか、そのとき交流はあったんですか?

にわの:少しはお話をしたかもしれませんが、呼ばれて行ってすぐ帰ったのであまり話をした覚えはないですね。

――あの、わたし学プロの構成がよく分かっていない部分があるのですが、学プロっていうのは、マッチメークがあります、どういう風に試合は組み立てるんですか?

にわの:やはり遠征したときは、同じ団体同士で当たるっていうのが普通ですが、たまに対抗戦がありますね。

――そういう場合はヒートアップするんですか

にわの:そうですね、ヒートアップ・・、違う意味でのヒートアップをしますよね。

――こっちのほうが笑かしてやろうという?

にわの:そうです。お互いの持ちネタは全部やってやろうという、このタイミングで笑かせてやるというミーティングもかかさずに(笑)。

――もう勝負ですもんね。俺のほうが会場を沸かしてやるぞ的な。学プロの世界は深いですね(笑)。

にわの:深いんですよ。

――今も学プロは結構残ってるんですよね。

にわの:や、まだ全然あるんじゃないですかね。

――僕もちょっと最近調べたんですけど、結構まだありましたね。

にわの:でも今って学プロからプロに行く方も多いですもんね。

――本気の人が多くなりましたね。
そこで自分の適性をはかりながら、自分のスタイルを見つける人が多くなった気がします。
ファン心理をくすぐるテクニックを持っている方も多いですよね。
にわの先生の時代も熱い時代で、学プロが来たら学生のテンションも盛り上がりますよね。
やっぱりリングはテンションって上がりましたか?

にわの:上がりますねー。スパーリングとかは普段お笑い系をやっている連中も真面目にやってましたね。
ちゃんとプロを見て、関節技とかも練習をして。やっぱりみんな、それなりに強くなりたいので。

――僕も本物のプロレスラーにヘッドロックをかけてもらったときがあるんですが、本当に頭つぶれるかって思うくらい
やられたりとか。そういうのってみんな、憧れますよね。本当の職業の方に。万力のような腕に筋肉の付き方が違うんですよね。
あれ、本当にやられたら頭蓋骨破裂するんじゃないかって思いました。

にわの:ですよね、僕もよく漫画でメキメキって効果音を書きますけど、本当にしますもんね。

――やっぱりプロレスラーの方は超人ですよね。

にわの:そうですねー、超人です。

⇒次ページ(THE MOMOTAROHを丸藤選手が!)

 

山口 義徳(プロレスTODAY総監督)
『プロレスTODAY』総監督。 その素顔は運営会社(株)リアルクロス代表取締役社長。 プロレスTODAYの企画・進行・管理を行い、会場ではカメラマンも兼務。 またプロレスとビジネスの融合を行い、会場でのクライアントとのタイアップも実施。

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