【九州プロレス】<TAJIRIインタビュー>プロレスラーになりたい若者に『世界に一番近いのは九州プロレス』と伝えたい
今年1月3日、新宿フェイスで開催された九州プロレス「上京物語2023」のメインイベントで、王者の野崎広大を破って九州プロレス王座を獲得したTAJIRI。試合後、リング上に九州プロレスの筑前理事長を呼び出して「自分の九州プロレス入団を認めるか、認めないならオファーを貰っている海外に行く」と選択を迫り、筑前理事長は入団を了承。TAJIRIの九州プロレス電撃入団が決まった。
あれから1か月半、TAJIRIは生活拠点を福岡県福岡市に移し、同時に「新人オーディション2023」の募集を開始。また、マルタ共和国からの留学生、オーエン・ブランコ(プロレスリングマルタ)が参戦すると共に、若きエース、野崎広大は「九州を離れて海外に拠点を移す」と2月19日「八女元気祭り」を最後に九州プロレスを離れ、TAJIRIとギアニー・ヴァレッタのルートでヨーロッパ進出を果たした。
いったい、九州プロレスで何が起きているのか。TAJIRIにインタビューした。 (聞き手 茂田浩司)
九州プロレスを支えるのは「プロレス界以外の人たち」
――1月3日の新宿フェイスから1か月半、本当に目まぐるしい展開でしたね。
「年を取るにつれて時間が経つのが早くて、言われてみればもう1か月半も経ってるんだ、という感じですね。今、住んでいるのが九州プロレスの選手寮というのもあって、まだ旅の延長という感じでソワソワしてて生活が落ち着いてないです。毎日、目新しいことが起きているので余計に早く感じますね」
――東京にいた頃よりもイキイキしてますよね(笑)。
「毎日ワクワクして生きてますからね(笑)。ストレスゼロです」
――TAJIRIさんの入団で九州プロレスへの注目度は高くなりましたね。元週刊プロレス編集長のターザン山本さんが急にSNSで言及し始めたり。
「久しぶりに『これ、面白いな』と思ったんじゃないですかね。最近のプロレスって、想定外の面白いことが滅多に起きないじゃないですか(笑)」
――実際に入って分かった「九州プロレスの凄さ」をTAJIRIさんがSNSで発信してる影響も大きいですよ。「リング設営の効率化」はこうした独自の工夫もしているのかと。
きょう会場設営で驚いた。トラックに積まれた何台もの台車に板も鉄骨もマットも全資材がすでに乗せてありそれを設営場所まで押したらあとは組むだけ。わざわざ運ぶ必要なし。さらに各人役割が決まっており養生、リング、イス並べ…会場設営45分で終了。アイデア力と組織力に唸ったわ。#九州プロレス pic.twitter.com/ITh61Mhg8l
— TAJIRI (@TajiriBuzzsaw) January 22, 2023
「あれって、運送業界では当たり前の発想なんだそうです。だから九州プロレスの人たちからではなく、運送屋さんの発想で生まれたと聞きました。それほど九州プロレスは『プロレス業界以外の人たちの協力』でも成り立ってる団体ということですね」
――なるほど!
「先日も感謝の集いがおこなわれて、スポンサー企業から300名近くの人が集まりました。リングを組んでプロレスも1試合だけやったんですけど、ありとあらゆる業界の人が来ていて、みんなが協力して、みんなで作り上げていくのが九州プロレスなんだなと感じました。いろんな人に支えられて、いろんな知恵が集まってくるのが九州プロレスなんだなと」
入団初日から驚きの連続だった
「九州プロレスに入団して、初日にまず『ラインワークスのアプリを落としてください』と言われました」
――LINEのビジネス版ですよね。
「それでスケジュール管理の部署、グッズの部署、イベント運営の部署、筑前さん個人、そういうのがズラズラっと並んでいて『なんだろうこれは?』と思ったら、各部署から次々と報告が上がってくるんです。営業の報告、イベントのプラン、グッズの売り上げなど、それをみんなで共有するんです」
――おお!
「イベントや試合が終わったら、専属カメラマンから2千枚ぐらい写真がアップされるんです。会社からはメールが届いていて、関係した方全員に雑誌記事のような写真付きの報告書を送っていたんですね。『皆さんのおかげで、これだけの大会、イベントを開催できました』っていう。僕がこれまで所属した日本の団体ではこんなことは初めてですね。とにかくちゃんとしてて、凄い会社ですよ、本当に」
――いやー、想像以上ですね。
「要するに、これまでプロレス業界になかった新しいビジネスモデルを作っているんです。先日の北九州での大会は、1200席のキャパに1700通の応募があって、500人が入り切れなかったそうです。普段は施設慰問を頻繁におこなっていますけど、最初は『こういうことをやらないかんばい』って、筑前さんの考えで始まったことで特に計算はなかったらしいんですけど、それを見た地元企業が『我々が出来ないことを彼らが代わりにやってくれるから応援しよう』と自然に応援して貰う形が出来上がったんですって」
――本当に草の根から始まった社会貢献活動なんですね。
「ええ。筑前さんに『こういうことってみんな知ってるんですか?』と聞いたら『いやあ~』って言うんですよ(笑)。九州プロレスの活動を知れば知るほど、みんなの見る目は一気に変わると思うんです。だから、こういうことをもっと世間に広めないといけないと思って、筑前さんに『僕が広めていいですか?』と聞いたら『全然やってください!』とのことでしたので」
――本当に欲がない方ですね(笑)。
「なぜ広めないといけないかといえば『試合を無料で見せてる』と言うと『本当に給料が出ているのか?』と思っちゃう人もいると思うんですよ。そして、ゲート収入(チケット売り上げ)に頼っていると、その日に台風が来て大会が中止になれば大損害になりますけど、九州プロレスはそれがないわけです」
――コロナによる大会の中止や観客数の制限でゲート収入が主軸のプロレス団体はダメージを受けましたけど、そんな中で「ゲート収入に頼らない」九州プロレスは画期的で、先見の明がありましたね。
「しかも、社員やレスラー、みんなが高いレベルで『プロレスで食えて』います。ここまで来るのに時間は掛かったみたいですけど。さっき言った感謝の集いも第一回は6人から始まったそうで、それがビジネス的なプランに沿って成長してきたんじゃなくて、自然と成長してきた感じが傍から見ているとしますね」
――1・3新宿フェイスは「TAJIRIさんの東京ラストマッチ?」で急遽チケットを買って観たんですけど、試合ごとにカラーの違うプロレスで「この満足度の高い大会を無料で見せられたらグッズを買うな」と思ったんですよ。九州プロレスのお客さんはみなさんグッズを買うんじゃないですか?
「そうですね。こっちに来たら本も会場でめちゃ売れていてですね(笑)。初めて出た大会で開場前に売店に立ったら30冊以上売れて、この前の北九州では60冊以上売れました(笑)。毎大会、コンスタントに20冊以上は売れています」
――凄いですね! 九州プロレスには「応援しないと!」と思わされるものがあるんですよ。筑前理事長が汗かいてバックステージを走りまわってる感じが客席まで伝わってくるんですよね。
「そうなんですよ。筑前さんは本当に裏表がなくて、キリストみたいな人です。何かがあると、みんなに感謝の文章を書いて送ってきたり。本当の『感謝の心』を持っている人だと思いますね」
新人募集したら海外から応募が殺到。日本の若者は?
――TAJIRIさんが九州プロレス入団と同時に打ちだしたのが新人レスラーの育成でした。「新人オーディション2023」(3月12日開催)の応募状況はいかがですか?
「実は外国からの応募が多くて、収拾つかないぐらいの数が来ています。それに比べると日本の若い子からの応募はまだ少ないです。それはなんでかといえば『タダで見せてる団体だからお金が貰えないんじゃないか?』と思われてるんじゃないかと思うんです。だからここの打ち出しは強くしていきたいですね」
――今回はまったくの新人じゃないとダメなんですか?
「今回の募集は新人だけですね。住むところもメシもあって、僕らプロがきっちりと教えますから」
――なるほど。すでにデビューしてるレスラーの中にも『TAJIRIさんに教わって世界を目指したい』という人もいるのではないかな、と思いまして。
「レスラーから『九州プロレス、どうなんですか?』と、ここ最近はたくさん聞かれます(笑)。実は、僕がまだ東京にいる時から『九州プロレスはなんかすごいな』という話を多くのレスラーが噂し始めていたんです。出場したことのあるレスラーはもちろん知ってますし、某レスラーに『TAJIRIさん、全日本プロレスを辞めてどこに行くんですか?』と聞かれて、九州プロレスですよと答えたら『いいなー、俺も行きてえなー!』って言われました(笑)」
――その人は九州出身なんですか?
「全然違います(笑)。でも、九州プロレスは九州出身じゃなくても『九州ば元気にするバイ!』という団体の理念に共鳴してプロレスに取り組む人なら入門できるんですよ。『九州の人だけの団体』と思われているのも訂正していかないといけないと思いますね」
――九州プロレスの広報役としてTAJIRIさんはうってつけですね。しかし「プロレスラーになりたい、海外で活躍したい」と思ってる若い人はぜひこのチャンスに食いついてほしいですけど「外国から応募が多くて、日本の若者からはまだ少ない」というのは今の社会状況を反映してるのかな、とも。
「この前、感謝のつどいである社長さんと話してて『ハングリーさを持ってるのは外国の若い子ばかりで、日本の若い子は全然だ』と言っていました。そう言われて、こっちの状況も同じだなと思っちゃって」
――TAJIRIさんに1からプロレスを教われる滅多にない機会ですからね。今回の募集を見て「これはチャンスだ」となりふり構わず掴みに行く「嗅覚」が働くかどうか。
「そうなんです、その嗅覚なんですよ。IWAジャパンが出来た時はアニマル浜口会長を始めみんなに『そんなところやめろよ』と言われたんですけど、僕は『絶対にここは来る。ここから何か出来る』とすごく感じて入団したんです。だから、今回応募してきた子たちはそうした嗅覚があると思いますね」
「東京の団体じゃないと」の先入観は一度捨てないとダメ
――TAJIRIさんにはアジア圏のオファーも多数届いているそうですし、九州プロレスは「TAJIRIルート」という強力な武器を手にしましたね。
「はい。だから外国に行きたい子は、今一番行きやすいのが九州プロレスだと思います」
――野崎広大選手が九州プロレスを離れて、海外に旅立ちましたが、野崎選手は元々海外志向だったんですか?
「もの凄くあって、ただ、行ける手段がなかったというんです。『プロレスラーになったからには金を稼いで、外国に行かないと話にならない』と普段から思っていたそうで、今どき珍しいなと思いました」
――野崎選手はすでにキャラクターがあるし、体型を含めて一度見たら忘れないインパクトがありますから、海外でスターになって日本に戻ってこないかもしれないですよ。
「実はそういう話を筑前さんとしてたら『いやー、それぐらいになってくれたらいいですねー』って言うんですよ。本当にいい人なんだな、と(笑)」
――自分の団体の利益よりも、その選手の将来を考えられる方なんですね。
「そして今、九州プロレスに入れたら、外人レスラーとの共同生活が送れるのでプロレスに必要な国際感覚って、もの凄く付くと思いますね」
――そこはTAJIRIさんがIWAジャパンでビクター・キニョネスや配下の外国人レスラーたちと接して、プロレスのみならず言葉や習慣まで学んだのと被りますね。
「そして、地方に来て分かったんですけど、地方は夢が実現しやすいですね。東京のようにいろんなものが複雑に絡み合ってないから、願ったことがかないやすいです。『この人に会ってみたい』と思ったらすぐ会えたり。次の本のプロモーションのことで阿蘇山選手に相談したら、九州各県の新聞を紹介してくれて、大型書店のサイン会も決めてくれました。野暮な言い方をすると『プロレスラーがありがたがられてる』と思うんです。だから、いろんなことがかなう可能性が高いのではないかと」
――なるほど。
「これはアジアンプロレスでも感じたことですけど(*詳しくは「戦争とプロレス」参照)、地方には『何かいいことに使ってほしい』というお金が行き場なく留まっていたりするので、イベントだとかに協力して貰える環境があるように思うんです。逆に、実は東京が世界で一番難しい場所なんじゃないか、とも感じます」
――東京は「とにかくSNSでバズりたい」ばっかりで、欲望がおかしな方向に進んでますもんね。
「なにか狂っちゃってますね。プロレスも『東京の団体じゃないとダメ』という先入観は1回捨てないといけないでしょうね。時代や社会構造はもはや変わったのではないかな。それを九州プロレスに来て強く感じていますね」
九州から世界へ! 新人オーディションの締め切りは2月28日!
――作家TAJIRIさんの近況としては、初の小説「少年とリング屋」(イースト・プレス)が発売されますね。
「はい」
――前作「戦争とプロレス」の反響は大きいですが、もう増刷したんですか?
「いや、まだです。初版がかなり少なくなって、昔なら重版が掛かる部数は売れているそうなんですけど。九州に来て分かったんですけど、九州の人はまだほとんど買ってないんですよ(苦笑)。会場で本を買ってくれた人に聞くと『本屋に置いてなかった』というんです。地方の人だから『Amazonで本を買ったことはない』といいますし」
――今は大都市の大型書店とAmazonに重点的に配本されるので、地方の書店まで本が行き渡りにくくなってる現状があるんですよね。
「何か日本の構造がひずみまくってますね。東京からいくら発信しても『東京から先に全然届いてないんじゃないか』と思いますし。読売新聞で川添愛さんが書評で取り上げてくれたら、その日にAmazonで品切れになってしまったこともありましたし(苦笑)」
――それも、出版点数が多すぎて「書評を見て買う層」は確実にいるんですけど、そのニーズに応えるのが難しいです。いつ書評で取り上げられるか分からないですから(苦笑)。
「ただ、会社がすごく応援してくれています。書店のポップみたいのを作ってくれて、僕の本の即売会をしても直接会社の利益にはならないんですけど筑前さんは『楽しみですねー』と言ってくれたり」
――本当にいい会社ですね。
「僕の本が売れたら会社のプロモーションにもなるという考えのようで。結局、世の中、巡り巡ることがよく分かっているのではないでしょうか」
――本のプロモーションで決まっているものはありますか?
「『少年とリング屋』は東京では3月17日発売ですけど『九州先行発売』が決まりまして。3月6日熊本(即売会)、3月7日博多(サイン会と即売会)で開催して、東京では3月15日にトーク・サイン会、3月16日に即売会をやります」
――「小説でも九州ば元気にするバイ!」ですね(笑)。今後、九州プロレスとして海外ツアーをやるプランは?
「それはまだないですけど、今、アジア各国からも練習生の応募が来てるので、彼らが九州プロレスで育ち、いずれ母国に戻って僕らを呼んでくれるんじゃないかと期待してます。1年前に初めて筑前さんと話して、筑前さんも『環太平洋ネットワーク』のような構想を持ってて、そこもお互いの考えが一致しましたね」
――TAJIRIさんは「フィリピンプロレス界の父」ですしね(*「プロレスラーは観客に何を見せているのか」参照)。
「まだ発表してないことも含めて、ここは日本プロレス界の超穴場です。特に今は最大の(笑)。どこでキャリアを始めようと本人次第で上がっていけるんだよ、というのは僕がIWAジャパンからWWEに行ったことで証明してますからね。世界で活躍するプロレスラーを夢見る日本の若者にはぜひ九州プロレスに応募してきてほしいですね。2月28日が締め切り、3月12日に新人オーディションをやりますから」
――思ったのは、日本人に限らないでいいかもしれないですね。外国人練習生が九州プロレスのスターになるのも時代かな、と。
「そう思います。筑前さんも『九州が元気になればいい』と思ってる気がするんですよね」
――今、マルタから来てる留学生のオーエン選手もお客さんの反応がいいんじゃないですか?
「すごくいいですね」
――TAJIRIさんが常々言うように、昔テレビでプロレスを見てた人は「日本人対外国人」こそプロレス。外国人レスラーを見たら喜ぶと思うんですよ。
「そうですね。そして筑前さんの頭の中にあるプロレスもそういった昔ながらのプロレスなのでそこにも共鳴したんです。だから、九州プロレスにはマニア向けのプロレスはありません。昭和のプロレスです!」
――今後の九州プロレスがますます楽しみです。 (了)