2度目のガンとの闘いに挑む”議員レスラー”西村修の今 初の抗ガン剤治療はまだまだ続く

【柴田惣一のプロレス現在過去未来】


一時退院中の西村(写真・柴田惣一)

2度目のガンとの闘いに臨んでいる“議員レスラー”西村修が現状を明かした。

今年に入って体調不良が続き、4月になってPET診断、内視鏡検査、生検によってガンと確定。26歳でかかったガンが26年後に、再び襲いかかってきたのだ。

様々な調整を終え入院し、初となる抗がん剤治療に取り組んだ。1週間の入院治療を終え、現在は2週間の投薬、体力回復を図るリハビリ中で、3週間を1クールとする第1クールの最中にいる。

新日本プロレスで活躍していた1998年に、最初のガンとの闘いに挑んだ。後腹膜腫瘍を、いかなる化学療法も用いず自然食、薬膳、漢方、アーユル ヴァーダ、海水浴療法、尿療法などの自然療法で克服。2年後にリングに復帰している。

この実体験を元に政治家を目指し、政治信条である「世の中をいかに健康にさせるか、予防医学に向けさせるか」を最優先項目として活動してきた。政治家として、東京・文京区議会議員として、プロレスラーとの二足のわらじを履き、フル回転していたが、今回まさかの二度目のガンに襲われてしまった。

今回は決死の覚悟で抗ガン剤による治療を選択した。幸いなことに、吐き気、食欲不振、悪心、倦怠感、痺れ、めまいなど、大きな副作用はなく、食欲も旺盛。体重が減らないよう入院中の1週間、病院食に加え、家族からの差し入れを平らげていたという。


お見舞いに駆け付けた永田裕志と(写真・西村修提供)

実際に大きく痩せたとは見えなかった。新日本プロレスの東京・世田谷区野毛の道場で、厳しい練習そして合宿所生活を乗り越えて鍛え上げた心身の賜物だろう。

ただし、油断はできない。今回見つかったのは食道ガンだが、食道から神経やリンパ節を通じ左側上半身全体に転移をしており、すでにステージ4の末期。主治医から示されたのは徹底した抗ガン剤療法だった。

東洋医学を重んじ、ワクチンを含めいかなる化学療法も長年拒絶してきたが、今回は逃げ道を塞がれてしまった。最後の手立てである抗がん剤が効いたのだろう。好反応が見事に起きた。

とはいえ主治医からは「最初の2クールで勝負が大きく分かれます。第2クール後の検査でさらに転移が拡大していたならば、ご家族にはさらに厳しいことを言わなくてはならなくなります」と告げられている。

5月には再入院し、第2クールが待ち構えている。予定で行くとそのまま第3、第4と続き、第6クールまでの治療がすでに用意されている。


抗がん剤治療を受ける西村(写真・西村修提供)

西村はまだまだやり残したことがあるという。「世の中、戦争や天災や、大変な事態が訪れている。街を歩く若者は、世間や国家のことより、我欲ばかりに生きている」と指摘。「私は自分の体で、命の大切さ、生きることの大切さを政治の場とリングを使って表現し、訴えていく」と自身の使命を改めて痛感している。

「30にして立つ、40にして迷わず、50にして天命を知るといいますが、まさにその通り。体は癌の侵食によって痛みはあるが、まだ5歳の子どももいる。まだまだ死ぬわけには行かない」と前を向く。

体質改善と湯治によるガン対策のため「群馬の山に篭ります。 命ある限り、必ずまた打ち勝ち、同じ病の方々にも夢と希望を持ってもらいたい」 と言い残し、風と共に立ち去っていった。

ガンの痛みはモルヒネなど麻薬系の鎮痛剤も処方されるなど、想像を絶すると言われているが、西村修なら最大の敵・ガンとの闘いを制し、無我のガウンで再びリングに立ってくれるはず。待っている。

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