7月引退の“黄金の虎”4代目タイガーマスクが無法王者DOUKIに突きつけた、誇り高き“最後の牙”「佐山サトルのストロングスタイルでテメー、ブッ潰してやる」

2026年4月。桜舞い散る季節の東京・後楽園ホールで、ひとつの時代が終わりのカウントダウンを刻み始めた。

新日本プロレスのジュニアヘビー級を、いや、日本マット界のジュニアを長きにわたり牽引し続けてきた黄金の虎、4代目タイガーマスクが、ついに引退の日を正式に発表したのである。

「7月7日、この後楽園ホールで引退します。正味あと3カ月、ケガをせず、みなさんの前ですばらしいファイトをしたいと思っています」

2025年7月、棚橋弘至とのシングルマッチの試合後に引退を予告してから約1年。ついにゴールテープの位置が明確に示された。

歴代のタイガーマスクの中で、デビュー時から現在まで一度もその名を捨てることなく活動し続けた期間は最も長い。

純粋な初代(佐山サトル)の愛弟子として、31年という途方もない時間を「虎」として生き抜いてきた男の、大いなる決断であった。

■「佐山サトルの遺伝子」を背負い続けた31年

タイガーマスクという名前は、プロレス界においてあまりにも重い。

初代である佐山サトルが作り上げた「四次元殺法」と社会現象的な熱狂。その直系の弟子として、初代の教えを直接叩き込まれたのが、この4代目である。

1995年、みちのくプロレスのリングでザ・グレート・サスケを相手にデビューを果たして以来、その重すぎる看板から決して逃げることなく、正面から背負い続けてきた。

2002年に新日本プロレスへ戦場を移してからの功績は、もはや語るまでもないだろう。

IWGPジュニアヘビー級王座戴冠は実に6度。

『BEST OF THE SUPER Jr.』では、2004年の初優勝に続き、翌2005年には史上初となる連覇の偉業を達成している。

新日本プロレスのみならず、プロレスリング・ノアのGHCジュニアタッグ、全日本プロレスの世界ジュニアヘビー級王座、さらにはNWA世界ジュニアヘビー級王座までもその腰に巻いた。

まさに、国内外の至宝を総なめにしてきた生ける伝説である。タイガーマスクのファイトスタイルは、決して派手な空中戦ばかりではない。

師匠・佐山サトルから受け継いだ鋭い打撃、そして厳格なグラウンド・テクニック。

いわゆる「ストロングスタイル」の体現者として、常に説得力のある闘いを観客に提示し続けてきた。

2020年には大腸憩室炎穿孔という大病を患い、緊急手術と長期欠場を余儀なくされた。

命の危険すらある病を乗り越え、同年12月に奇跡の復帰を果たした不屈の精神力もまた、タイガーマスクの凄さである。

 

■晴れやかな引き際と、後輩たちへの眼差し

4月2日の後楽園ホール。

第1試合に出場したタイガーマスクは、試合後にマイクを握り、自らの口で引退を報告した。

「7月7日、この後楽園ホールで引退します。正味あと3ヶ月、ケガをせず、みなさんの前ですばらしいファイトをしたいと思っています」

昨年4月の引退表明から1年。ついにゴールテープの位置が明確に示された。

バックステージでの表情は、驚くほど晴れやかだった。

「毎日毎日が精一杯やってるからかな。充実してると言えばあれだけども、でも充実してます。別に傷心にひたっているわけでもないし」

感傷はない。あるのは、一人のプロフェッショナルとして、残された日々を全うするという静かなる決意だけだ。

この日、タッグマッチで激突したKUSHIDAが「時の流れを感じる。SUPER Jr.をかっさらう」と熱く語ったように、新日本プロレスのリングでは、海野翔太や上村優也といった若い力が猛威を振るい始めている。

去りゆく虎は、その残酷なまでに美しい「世代交代」の波をしっかりと受け止め、次代を担う者たちにバトンを渡そうとしているのだ。

普通であれば、引退ロードは過去のライバルたちとの名勝負の数々を再現するような、メモリアルなマッチメイクが組まれることが多い。

しかし、この黄金の虎は、そんな生ぬるい「思い出作り」でリングを降りることを潔しとしなかった。

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