【編集長コラム】「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリック

ゴング前のレフェリーチェック。両手を差し出しているが、爪が伸びていないか? 厳しい視線が送られている。長い爪で攻め立てれば、それこそ凶器となりかねない。

ただ、指先まで「魅せる」ことにこだわるレスラーもいる。新日本プロレス「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」のBUSHIは、黒い毒霧噴射に合わせるかのように、黒いネイルペインティングをしている。

大日本プロレスのストロングBJ、菊田一美は黒く塗っているかと思いきや、指先用のシールを使用している。

女子レスラーの中には、カラフルな色彩にしている選手も多いようだ。ただし、ラメやストーンの装飾を施すことは、対戦相手を傷つけてしまいかねず、私生活ではともかく、リング上ではまず見かけない。

一般の女性は、最近は男性も、ネイルアート、ジェルネイルなどを楽しんでいる。実際、長い爪の女性も多い。「うわ~、これでアイアイクローされたら痛いだろうなぁ」などと、つい思ってしまう。まさに「鉄の爪」だが、短い爪でも「凶器」にしたレジェンドがいる。

故「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックさんだ。エリックさんが活躍したのは遥か遠い昔になってしまったとはいえ、常人離れした握力をフル活用した、あの強烈なアイアイクローの恐ろしさは今でも色褪せない。

上からアイアンクローをかけようとするエリックさん、下から腕を押さえ阻止しようとするジャイアント馬場さん。綱引きのように押しては引く、その繰り返しで、ファンは熱くなった。また、リング下に落ちたジャンボ鶴田さんを片手のアイアンクローで、リング内に引っ張り上げた、凄まじい力には心底仰天したものだ。

エリックさんは決して技は多くなかった。アイアイクローとストマッククローの他には、ヘッドロックとボディースラム位しか記憶に残っていない。技の数こそ少なかったが、それでも鉄の爪の脅威に、日本のファンは恐れおののいたものだ。

分厚い電話帳をいとも簡単に引き裂いたり、リンゴを片手で握り潰し「ジューサーいらずだぜ」と、コップに注いで飲んだりするパフォーマンスも、凄まじかった。

ある時、後楽園ホールのエレベーター前で会場入りするエリックさんに、幼児がよちよちと近寄って行った。何とエリックさんの足にしがみついた。親と間違えてしまったようだ。

ちょっと目を離した親の悲鳴。周囲は騒然となった。エリックさんは無表情で幼児の頭に手を伸ばす。まさか、子どもにアイアンクローか?

エリックさんはソッと頭を優しくつかみ、軽々と持ち上げたのだ。子どもは足をバタバタさせながらキャッキャッと笑った。しばらくブラブラと振った後、静かに床に下し、手を放した。周りから安堵の声が漏れた。

エリックさんはニコッと笑った。エリックさんの笑顔は珍しかった。

現代人が楽しむネイルアート流「鉄の爪」を見たら、エリックさんはどんな顔をするのだろうか・・・。苦笑いするのだろうか。

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